「なんとか間に合ったか……やれやれ。恩に着るぜ」
「たっぷり着なさいよー。ったく、まっすぐ走るだけで戦術に反映できる要素がないオプションなんて。ゴミ作ってんじゃないわよー」
「要求されたら可能な限りは実現すんのが兵器屋ってモンだろうがよ。それに戦術は『まだ』編み出されてねえだけだ。出来たての装備なんてそんなモンだろ」
「パイロットに甘えてんじゃないわよー。……ま、本来ならあんなのコンビネーション前提の代物としか思えないし、まさか単機突撃するとは思わないけどー」
ヘルブレイズが到着し、戦闘開始したのをモニター越しに眺めながら、ドワーフとエルフの開発者はそれぞれに嘆息している。
単独での戦闘力を追求して生み出されたヘルブレイズやスミロドンと、集団戦闘を前提とした量産型であるダイアウルフでは、どうやっても越えられない壁はある。
その代わり、数を揃えて役割分担することで戦い方を無限に広げることができるのは量産型の強みだ。
ウルフランナーで部隊編成することができるのならば、どう戦えば強いのか。それは概要をチラ見しただけのルティでも即座に5~6はパターンが考えられる。
だが、そこまで思い切って全面導入することには、どうしても及び腰になるパイロットたちや軍司令部の気持ちも理解できる。ただでさえ余裕があるわけではないのだ。まかり間違って戦闘力がガタ落ちしてしまっては都市存続に関わる。
兵器開発者と実際の運用者は一心同体にはなれない。それ自体は、ルティも過去にさんざん思い知らされたことではあった。
「とはいえ、あの聞かん坊のパイロットが悪いとばかりも言えないわよねー。ヘルブレイズやスミロドンがなまじに足が速いからって舐めた配備してること自体がクソなわけだしー」
「員数外に頼って回してみたら回っちまう。そりゃあ現場はいい気はしねえだろうな……」
「人がやってるってことを見落とすところから、全ての間違いが始まる。昔から変わらないわよねー」
◇◇◇
竜の巨像が、雄々しく怪物を薙ぎ倒す。
目の前で神話が展開されている。
見上げる視界で展開されているそれは、クライスが我を忘れて見入るに十分な光景だった。
「……勝ちね。クライス、他の子たちを撤収させて」
ツバサがワンドを下ろし、クライスに言い放って背を向ける。
「え、ええっ……でも、あの
「さっきのじゃ負けるかもしれないけど、あの黒いやつなら絶対負けないから」
「黒い……」
霧のような瘴気の中、巨像を改めて見上げるクライス。
細部はわからない。だが、シルエットのように浮かび上がる影から血のようなオーラを漂わせる姿には、確かに格の違いを感じるものはある。
だが。
瞳までも禍々しく金に輝かせて荒ぶるその姿には、本能的恐怖すら感じられて。
「……そもそも、あれって本当に味方なのか……!?」
思わず、そう口にする。
だが、
「殺気はこっちに向いてないから敵じゃないよ。ていうか敵だったらあのドタバタ
「殺気なんてわからないよ……」
「わかんないの!? なんで!?」
クライスとジュリエットはハンター歴が違うことはないはずなのだが、時々違う次元の話をするので困惑する。
今がまさにそうだった。殺気なんて漫画の話ではないのか。
「どーすんのクライス!? どっちに引くのこれ!?」
「あのゴリラ野郎からまっすぐ距離を取ると
リステルとジェフリーが指示を求めてくる。
「僕リーダーじゃないんだけどなぁ!?」
クライスは悲鳴をあげながらスマホで方位を確認し、最適と思われる方を指差して走り出す。
……と、そのクライスとリステルを後ろから一気に追いついたラダンがまとめて肩に担ぎ、凄い速度で運搬し始める。
「うわー!?」
「ちょっ、クライス手、手ぇっ! 触ってる!」
「それは勘弁してよぉ! 落っこちる!」
ジェフリーとジュリエットは元々獣じみて足が速い。そしてリステルとクライスは十人並みだ。
ラダンはオーガ族らしく極度に大柄なので、動き出しは鈍いが一度スピードに乗れば速い。
必然、本気で逃げるならこういう状態になるのだった。
「せめてどっちか右肩に背負ってよラダン君!!」
「
まるで障害物走のコースになっている地面をドタドタと撤退する五人。
その撤退を待つように、獰猛な姿勢のまま竜の巨像は動かず、類人猿が動こうとすると怪しい方角から光線が閃く。
威力は空間魔力で減じて微々たる物で、類人猿にとっては多少熱い程度のものでしかないが、敵の気配を探して動きが鈍る。
それはツバサによる援護射撃であったが、けぶる瘴気の中でそうとわかっているのは、この戦場にはリューガ以外にいない。
◇◇◇
『こちらノーザンファイヴ。ハンタースマホの位置情報、全数離脱を確認。あとは思う存分やってくれ』
「言われんでも!」
リューガが操縦桿を押し込み、再びヘルブレイズ・ドラゴンが猛攻を開始する。
正面からの押し合いでは材質の差で傷つくと学んだ類人猿は、その巨大な掌でヘルブレイズをはたき逸らして凌ごうとする。
が、その瞬間こそリューガの狙いだった。
砲弾のように直進すると見せかけ、斜め前転するように
ジャストタイミングで斬撃が決まり、類人猿の腕が刎ねられて飛んでいく。
「ゴオオオオオオオオオオオッ!!!」
天地を震わせて絶叫する類人猿。
「やっっっ……かましいわ!!」
懐に入ったヘルブレイズは、きりもみ回転しながら垂直上昇。
当然、尻尾は螺旋を描いて、類人猿の身体前面をズタズタに斬る。
苦悶の声すら途切れる……が。
(手応えが薄い……
「……じゃろうなァ」
通常の
斬撃が致命傷になった実感が薄い。それは6型ドラゴニュートという生物兵器としての本能的直感か。
果たして、残った方の腕が突然勢いよく振られ、ヘルブレイズは真横に張り飛ばされた。
かろうじて上体をねじり、ガードはしたが、衝撃は大きい。
「っ……せっかく調整した手持ち
(今の質量食らったらガードしても壊れちまうぞ……)
だが手持ち武器にはその耐久力の恩恵は及ばない。
「さあ、どう攻めるか……泥臭く尻尾フリフリバトルをするか、いつぞやの
のしのしと迫る類人猿に、リューガは変異の進んだ顔で強引にニヤついてみせる。
カッコよく救援に来た手前、弱気は見せられない。ジミーも未だ戦場にいて、他の
『そんなヒューちゃんに朗報でーす♥』
「なんじゃ! まさかまだ秘密の機能でもあるとは言うまいな!」
『そ・の・ま・さ・か♥ ……正確に言うと、危なくて模擬戦では使わせるわけにいかなかったからねー♥』
「……つまりそれだけドギツイのがあるんじゃな!?」
『そっ。……システムロック解除したわー。やっちゃってー♥』
「そこまで勿体付けたら説明せんかい!!」
『ヒントはー。……
「…………!!!」
ヘルブレイズ・ドラゴンは、首が前に伸びて、人型形態では非可動だった口が開くようになっている。
それは、ただ本物のドラゴンに似せただけか?
……そんなはずがあるものか。
ルティはヘルブレイズを最強の機体にする。そこに遊びなど、ありはしない。
首が前に伸びたなら。
口が開いたなら。
それすら、強さの為なのだ。
(リューガ。システム確認。トリガーは捕まえた。……決めるぞ)
「はっ。そうじゃな。このドラゴンは腹が減らん。
ヘルブレイズは突進する。
食らいつくように、頭から類人猿の胸部中央に激突し……ゼロ距離で、リューガは。
ヘルブレイズ・ドラゴンの
「くたばれぇぇぇっ!!!」
伸びた首は、砲身。
超強化したメインフレームの中で、加速を重ねた炎の魔力が、喉から放射される。
赤いオーラが金を通り越し、白く輝いて。
類人猿の胴を大きく貫き、そのまま裂くように肩上まで熱線が通過して。
戦いは、唐突に終わった。
◇◇◇
「決戦兵装・
「撃った後すっげぇ力抜けたんだけどそんなに俺依存なのあれ……?」
「そこはどっちかというと最適化不足っていうかー。原理的に
「8×5が40の、さらに3倍で……120倍……!?」
「そんな倍率でエネルギー入れたり出したりしたら、雑な調整だともー中身ギッタギタよねー♥」
「入れたり出したりって嫌な言い方だなおい……」
「ま、それ含めてドラゴニュートのハチャメチャな頑丈さに感謝しなさいねー♥ 普通の人間なら脱力どころか爆発しちゃうかもしれないレベルの無茶だからー♥」
「いつも思うけどやってからリスク説明すんのやめろよな!?」
筋肉肥大と鋭利な鱗、何より人間ではありえない骨格変化。
さすがに着られる服がないのでパンツ一丁のヒューガは、ケラケラ笑うルティに文句を言いつつ、ドアの開く音にびっくりしてドタドタと身を潜める。
入って来たのはジミーとゴールダスだった。
「おう、シュティルティーウ。改めて当人に礼を言わせに来たが……小僧はどうした?」
「
「……仮にも養子になんてモノ使わせてんだ」
「赤の他人にやらせる方がマシかしらー? 良心の呵責を感じたくないがためにそうやって関係を遠ざけるような真似をしようとするのは、いかにも無責任な短命種の発想ねー」
「……狂ってんのか」
ジミーがボソリと呟く。
ヒューガは思わず飛び出して殴ってやろうかと思うが、ルティは冷たく嘲笑う。
「アハハ。人間はいつもそうよ。勝手な基準を押し付けて、勝手な感情で他者を傷つけて、いつの間にか自分だけ
「……少なくとも、俺じゃねえぞ」
「そう、みんなそう言ったわ。私が出会ってきた粗忽者は全員」
ルティはヒューガに向けるのとは全く違う声音で、ジミーを冷たく突き放す。
「欲張った誰かを助けるために、誰かが無理をする。怯えた誰かを安心させるために、誰かがやり過ぎる。それを全員が、自分のせいじゃないと言い張るのよ。人間はいつもそう。それで次は私とヒューちゃんを指差して、何と言いに来たの?」
「く、っ……」
「悪かったよ。礼を言いに来たのにとんだ失言だった。許してくれ」
ジミーに代わってゴールダスが非礼を詫びる。
こういうコミュニケーションができるから、このドワーフは長年ルティと付き合っていられるのだ。
「小僧が出てこれねェ状態なら仕方ねえ。ゴールダスが感謝してると伝えてくれ。そのうち借りは返す」
「……悪かった。それと、助かったって……言っておいて下さい」
ジミーも渋々礼を言い、ルティは冷たく微笑みながら黙って出口を示し、二人を退出させる。
「……時々お前って怖いよな」
「元々こんなんよー。司令部の連中とこんな感じでしょー?」
「……対面でそんな態度ってのは話が違うじゃん」
時々。
ヒューガはこの義母が、酷く危うく思えることがある。
甘ったれで適当で、凝り性でぐーたらで……。
そんな、自分に見せている「本当の姿」こそ、「仮面」なのではないか。
そんな疑念が浮かんで、しかしそっと押し込めた。
数分後、ツバサが鉄道で帰還して、ヒューガのパンイチ半竜姿を見て、何故かちょっと得意げな顔をした。
今回は替えのパンツを持っていったわけではないので、帰って来てから慌てて着替えを探して穿いた……というのは、説明してもしょうがないのでとりあえず言わないことにした。