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第53話 休養

 ジミーの失態を受けて、ゴールダスはウルフランナーの改良型を三日で製作した。


 装輪機構ローラーダッシュをより簡単に停止し、三秒で通常動作に復帰できるよう構造を変更。その代わり、装輪駆動を一度停止させれば、再び駆動させるには基地に戻らなければ使えない形になった。

 駆動系の一部を爆薬で完全に脱落・廃棄させることでそれを実現したためだ。

 スミロドンの場合は機体フレームに機構を完全に組み込んでいるおかげで、モンスターの魔力によるハッキングをほぼ受けないが、ダイアウルフの場合はそうでもしなければ、停止後にウルフランナーの駆動系「だけ」魔力ハッキングを受ける危険があるのだ。

 停めたはずのローラーが、普通に歩行している最中に勝手に接地・回転を始めたら、ダイアウルフはまともに操縦できなくなる。

 それよりはごく一部の部品を消耗品と割り切り、毎回捨てる方が安全……という発想だ。

 無論、ウルフランナーは長距離移動専用装備となり、接敵後の使用は原則認められないものとなった。


 そしてその三日の間に、ヒューガは半竜状態から回復。

(ほんの少しだけどコントロールに慣れてきた気がする)

はお前の方が適任のようじゃな)

 ヒューガも三日間もただゴロゴロするだけで待っていたわけではない。いろいろと試していた。

 精神統一する呼吸術、同じく体操術、魔力コントロール器具による循環訓練(体内で強制的にぐるぐると魔力を回すことにより魔術発動を早くする特訓が昔あったらしい)、単純に無駄に発達した筋肉を使い切ることを目的とした過酷筋トレ……などなど。

 様々な条件で己に刺激を与えて肉体の様子を確かめた結果、「人間の部分」以外への魔力を絶つことにより、それなりに退化を早める効果が見込めることが分かった。

 とはいえ、それは無意識で勝手に回るものだ。

 丸ごと遮断すればいい尻尾はともかく、肥大した筋肉などを除外して魔力を絞り込む処理は、かなり集中力を使って実施しなければならない。それも連続で10分続けられれば上々で、それ以上になるとどうしても緩んでしまってしばらく間を置かなくてはならない。

 が、その傍から見るとよくわからない集中行為を日に10回以上も実施したところ、目に見えて形態回復速度が速まった。

 今度はそれを日常生活(料理や読書など)に複合して実行する訓練を始め、なんとか失敗せずに野菜炒めを作りつつ魔力遮断ができるようになったあたりで、ほぼ人間に戻れた。

「明日までにヘアサロン行かないとな……」

「その髪型もロックでいいと思うわ」

「……髪型なんて言える状態じゃないって」

 ツバサは謎の慰め方をしてくれたが、頭部に発生した鱗のせいで色々な部分が脱毛してしまい、その隙間の毛が残っている状態のヒューガの頭髪状態は、正直自分でも気持ち悪い。

 まだしもスキンヘッドの方がマシだ。

 ヘアサロンまでは帽子をしっかり被ってコソコソ行くことにする。

 幸い、授業中の時間なので同級生やジュリエットに会うことだけはまずないのが救いか。


       ◇◇◇


 ヘアサロンの店員はプロである。

 昨日生やして今日メチャメチャになった客でも何も聞かずに同じように整えてくれる。原因がイジメだろうが自力カットの練習失敗だろうが、決して余計なアドバイスをしたり茶化したりはしない。

 現代日本ではトークもまた美容師のスキルとされているが、この世界この時代のヘアサロンは文字通り、切るだけでなく生やし伸ばすことも可能な、どんな髪型でも実現できる場所である。

 髪のケアのアドバイスも、好みを引き出す小粋なセンスも必要ない。何度だってやり直してピッタリくる髪型にすればいいのだ。

 失敗という結果のないヘアスタイリングの確立は、客の事情への無遠慮な踏み込みを過去のものにしていた。


 派手な髪色、髪型にするのが好きな同世代もいなくはないが、ヒューガはシンプルに元通りに戻すことを望んだ。

 頭髪でやけに自己主張するのは小悪党チンピラのやることだ、という価値観が、少なくとも今のノーザンファイヴでは支配的である。

「やっと人間に戻れた気がするな」

(切実じゃな……)

 多少長いことキャンプや旅行で不衛生な生活をした後、まともに身綺麗にすると出てくるのがこういう台詞だが、ヒューガの場合は文字通り、人外からの変身解除の総仕上げである。

 なかなかここまで実感を伴ってこの言葉を言える者はいないのではないか、と変な満足感を得ながら歩く。

 と、昼近い公園のベンチでぼーっとしているツバサを見つけた。

「……珍しいな」

 ヒューガの知っているツバサは、大抵いつも目的をもってテキパキ行動している。

 最初の頃こそ何を考えているのかわからないミステリアスな印象を持っていたが、実際は200年前より技術が進み、雰囲気が著しく変わったこの時代に困惑し、観察していた……というのが正しかったらしい。

 そして、環境を理解してからは誰に言われることもなく、戦いを主任務と定めて邁進していた節がある。

 休む時は兵隊のようにひたすら体力回復に努め、動き出せば効率的かつ積極的。それがツバサという女の行動規範だった。

 そんな彼女が気の抜けた半開きの目で日向ぼっこをしている。

(声……かけるか?)

(我に聞いとる? 正直ほっといた方がいい気がするがなー。ああいうぼんやりタイムって邪魔されていい気分するもんでもないじゃろ)

(い、いやいや。そうは言っても見かけた以上、一応ひと声かけないと。嫌ってると思われるかもじゃん?)

(じゃあ好きにせい。……我はジュリ派じゃからな。応援はせんぞ)

(ツバサの何が不満なんだよ……)

 自分自身を相手に好みを議論するのも不毛だ。

 数秒間脳内議論をした末に、ヒューガはゆっくりとツバサに近づく。

「……よ、よう。……こんなところで過ごすんだな」

「ヒューガ。……髪生えてる」

「おかげさんで。そこのヘアサロンで、今さっきな」

「そっか。……そういえば、私もそこで髪、綺麗にしたっけ」

 ツバサは自分の髪を触りながら呟く。

 市内にヘアサロンは数か所あるが、ヒューガはこの場所しか入ったことはない。だからツバサに紹介したのもここだった。

 ルティは、というと、元々あまり髪に頓着しないので、伸びてきたらハサミで適当に切るだけだ。それでも妙に綺麗なのは、種族の特性らしいが。

「日向ぼっこする趣味あったのか。あんまりイメージじゃないけど」

「……自分でも、そう思う」

 ツバサはうっすらと微笑む。

 それは日向ぼっこなんて趣味じゃないということなのか、あるいは隠れた趣味だったということなのか。

 ヒューガは判断に困ったが、無理に踏み込むことでもないと思い直した。

 何より「イメージじゃない」という言いぐさは、少し感じが悪かったのではないか……と、そっちの方が気になる。

「でも、戦い過ぎだ、ってルティさんにも言われてて。……さっき、ちょっと強めに怒られたから、反省中」

「怒られるようなことか?」

「私みたいな魔術師は、もうほとんどいないから」

「…………?」

 それが悪いのか、とヒューガは首を傾げる。

 希少性の問題か。しかし、その力で稼ぎたいならいいのではないか。

「本来は今の基準に合ったハンターが、今の現場を回すべきで。……私みたいな基準の外にいるイレギュラーが、あんまり獲物を横取りしてると、普通の人たちが経験を積めないし、いざって時にも私に任せればいいって感覚になっちゃう。そうなると私は永遠にその役目を果たさなきゃいけないし、抜けたら必ず惨劇が起きることになる。……って」

「あー……」

 ある意味、員数外のヘルブレイズやスミロドンに比重が移りつつある鋼像機ヴァンガードの現場と似たようなものか。

「やるにしても休み休みでやりなさい、って言われたの。……とは言っても、休み方もわからなくてね。もう五年……二百と五年になるのかな。ずっと戦うか、そのための修業ばかりだったから」

 イメージ通りといえばイメージ通り。

 しかし、そう言って笑うにはちょっと深刻な状態でもあった。

「……ヒューガ、学校は休み?」

「自主的に、な。この時間になって人間の恰好に戻れたからって、午後からでも出るってほど真面目でもないんだ」

 ヒューガは少しだけ恰好をつける。

 ちょっと不良みたいなポーズを取ってみたが、今日の午後の授業は体育だ。

 それなら別に授業の進度とかそういう問題もないので、そのためだけに登校する意味があるのかよくわからないのであった。


「……じゃあ、デートする?」


 ヒューガは固まる。

 ルティやジュリエットには、からかい半分というか、からかい九割ぐらいでよく言われる言葉ではあったが、まさかツバサに言われるとはおもっておらず。

 ツバサの場合は本気なのではないだろうか。なんて都合のいい想像をしてしまい、それに返答する言葉が出てこなくなってしまったのだった。

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