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第57話 乗れない理由

「そんな簡単な話じゃねーんだよ」

 ヒューガは勢い込んで顔を近づけてくる女子生徒を振り払う。

 顔は悪くないので、もっと色っぽい表情なら相応の態度も取れただろうが、噛み付かんばかりの形相ではぞんざいにしかならない。

「アレが戦うのは軍の偉い連中の承認が何重にも必要なんだ。暇そうなのが余ってるからって、素人が飛び乗って大活躍ってわけにはいかない。もし勝手な動きをしてる奴がいたら、上のやつらがボタンひとつで完全停止させる仕組みになってる。そうでもしないとアレでテロを考えるようなバカがいたら止められないからな。もちろん止められたらパイロットは見殺しだ」

「……随分詳しいのね」

「あ?」

「私たちの街を放棄する時、兵隊にいろいろ言ったし、聞いたけど。そこまで知ってる兵隊は見なかった。みんな、動こうともしない鋼像機ヴァンガードに、むしろ悪態ついてたわ」

 ヒューガは苦い顔をする。

 同じ本国の軍と言っても、鋼像機ヴァンガード隊と通常部隊は全くの別系統だ。仲もいいとはいえない。

「人類最後の国家」となった以上、通常部隊はもう「対軍隊用の戦闘員」ですらない。実質的に治安維持専用の部隊となった彼らは、鋼像機ヴァンガード隊の苦しい事情など知る由もない。

 それ自体はわかっていたことだが、実際に聞くと嫌な気分になる話ではある。

 とはいえ、それは女子生徒に滔々と語るものでもない。

「……部署の違いだ。みんながみんな職分以外のことまでよく知ってるわけじゃない」

 ヒューガは襟元を直しながら落ち着いた声でセルフフォローするも。

「つまり、あなたは鋼像機ヴァンガードに近いところにいるのね?」

「っ」

 つまり彼女は、その言質を取りに来ていたのだと今さら気づく。

 こうなってしまっては否定も肯定も悪手だ。取り合わないに限る。

 ヒューガはふーっと息を吐き、付き合っていられない、という態度で彼女をやや乱暴に押しのけて校門を出る。

「えっ、ちょっとっ!!」

「名探偵ごっこはよそでやってくれ」

「何よっ!! 逃げるの!?」

「逃げるさ。女子と戦う趣味はないからな」

 足早に場を離れ、念のために尾行を警戒して幾度も寄り道をした後で研究室に帰る。



「それはー……ちょーっと厄介かもねー」

「厄介ではあるけど、いくら頑張っても鋼像機ヴァンガードに乗れるわけでもないだろ? そもそも軍に入隊するの自体、前線都市こっちから新規では無理なんだし……」

「そうなんだけどねー」

 現状、軍に正式に入隊するには本国での戸籍と受験が必要だ。

 前線都市の住民は過密化した本国から放り出されている形のため、本国にまた移住することはかなり難しい。だから彼女は願っても鋼像機ヴァンガード乗りになれる目はないのだ。

 もしもそれすら曲げるような例外があるとすれば、それこそルティやゴールダスのような開発中枢の人員が特別に指名してテストパイロットにする、といった形なら、有り得なくもないが……。

「……ん。特定ー。多分この子でしょー?」

「ああ。よく絞れたな」

「ジュリエットって子に聞いたっていうならまあ、彼女と同じ学年。で、滅んだ街から来たっていうならノーザンナインでしょー? しかも直近一週間。それで容姿とかで絞ると候補者はそう多くないわよ、さすがにー」

 ルティがどこぞのデータベースから引っ張ってきた写真は、確かに突っかかってきた女子生徒に他ならない。

「キャロライン・ディアリス……っていうのか、あの子」

「ノーザンナインではそこそこいい暮らしをしてたようねー。父母共に建築オペレーター資格持ちかー。……で、ノーザンナイン陥落の日に両方死亡ってなってるから、まあそのへんも執着の理由なんでしょうねー」

「ノーザンナインの陥落ってそんなに急だったのか?」

「まー、災害級ディザスターの襲撃で急じゃないってこともないでしょー。避難自体は7割ぐらいの住民ができたはずだけど……」

「なんで鋼像機ヴァンガードに乗れたら……なんて発想になったのか気になるな。そんな棒立ちで動かない鋼像機ヴァンガードが人目に晒されるってことがあるもんか?」

「ちょっと待ってねー……あー。これパイロットが出撃拒否しちゃったやつねー」

「そんなことあるんだ」

「敵が強すぎて死ぬ、乗って逃げようとしたら操作系脱出系切断カンオケで死ぬ……となると、やっぱ直前で乗りたくないって言い出すパイロットも出るのよー。まあ状況によってはそれも銃殺で結局死ぬってパターンもあるんだけど、あんま締めすぎると今度は任命権持ちの将官を土壇場で反対に殺っちゃおう、なんてことにもなりかねないから、搭乗拒否はギリ許されてる感じねー」

 ヒューガにすると、いくら性能的に物足りない量産型ダイアウルフとはいえ、互角か少し大きい程度の災害級ディザスター相手にそこまで怯えることなんてあるのか、と少し釈然としないところではあるが……それはダイアウルフの性能を充分に引き出すサーク隊長ベテランの例を見ているからであって、部隊によっては彼の半分も動けない者しかいない、というのもあるのが現実なのだった。

 そういう基準値の世界では、災害級ディザスター相手でも毎回決死。鋼像機ヴァンガードの数があるうちはともかく、欠け始めると加速度的に状況が悪くなり、絶望も広がる。

 そうなると、せっかく鋼像機ヴァンガードがいても何もしてくれない、という状況も生まれる。

 ヒューガに父母はいないが、巨大モンスターに家族を奪われているまさにその時、救世主であるはずの巨像が何もしてくれない……という状況に遭遇すれば、キャロラインのようになるのも理解はできる気がした。

「ま、事情は分かっても、何もしてやれることはないな……」

「問題はそれでその子が納得するか、ってトコだけどねー」

「納得できなくてもするしかないだろ。乗る資格は得ようがないんだから」

「……それで大人しくなるタイプならいいんだけどねー」

 ルティは頭を掻きながらなんとも言えない顔をする。


       ◇◇◇


 翌日の昼休み。

 食堂で友人たちに微妙な顔をされながら魔力生成ペーストを食べ終わり、さて残り時間を何しようか、と思いながら廊下を歩いているヒューガの前に、キャロラインがまた唐突に立ちはだかる。

「……キャロラインか」

「確か名前は言ってないけど?」

「お前だって俺が教える前から名指しにしてきただろ」

「悪いとは言ってないわよ。むしろ興味持ってくれたなら好都合♥」

「うぇ……」

 嫌な予感がする。

 顔は決して悪くない。あまり目立ってバチバチのオシャレをするタイプではないが、身なりに人並み以上に気を使う習慣が見て取れる。ノーザンナインではいい生活をしていたというのは本当なのだろう。

 そんな娘に「興味を持ってくれて嬉しい」という態度を取られれば、まあヒューガのような遊んでいないタイプの男子なら、普通はドキドキするものだ。

 が、打算があると分かっているなら、そんなに能天気に受けるわけにもいかない。

 ぱし、と手を掴まれて、校舎の隅の物置部屋に引っ張り込まれる。

「お、おいっ」

「昨日は急にあれは無かったわ。反省してる」

「……反省してるなら何よりだ。で、もう行っていいか?」

「そんなに邪険にしないでよ。……改めて、仲良くしたいって言いたいだけなんだから」

 上目遣いで。

 少女は暗い部屋で、少しだけ胸元を緩める。


「ね?」


「…………っ」

 ヒューガは、生まれて初めて自分にまっすぐ向けられた、異性の「そういう」意志に、戦慄した。

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