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第59話 便宜

 ジュリエットとの気まずい瞬間の鉢合わせ。

 このままでは起こらなくもないと頭の片隅で考えてはいた。

 が、前回は密室だったし、そう何度もこんな場面が起きるなんてことが、そもそも考慮の外だ。

 気持ち的にはその前にきちんと説得できるつもりでいたのだし。

 やっちゃった……というより、あまりにも展開が早過ぎる、というのが正直なところだった。

 何も覚悟はできていない。

(う、うわっ……)

(ヒューガ、さすがにお前ここでフリーズは駄目すぎるぞ!?)

(で、でもどうしろっていうんだよ!)

(どうもこうもあるか! せめてツバサを選んでジュリは妹分にしとくってんならともかく、この流れでキャロラインにやられ放題は男として情けねえと思わんのか!)

(今さっきまで好きにしろとかブン投げてたよなリューガおまえ!?)

(どう考えても緊急事態じゃろ! なんもせんなら我が出るぞ!)

 なんて勝手な奴だ、とヒューガは苛立ちかけたが、実際完全に動けなくなっているので、リューガを抑え込んでもなんにもならない。

 主導権をリューガに譲る。

 ……すぐにリューガはキャロラインに腕をぐいと剥がし、身を離す。

「ちょっ……」

 抗議しようとしたキャロラインだが、ヒューガリューガの目が縦長瞳孔に変容しているのに気づいたか、少し怯えたような顔をする。

 このレベルの小さな竜化は、リューガが以上は抑えようとしても抑えきれない。しかしそのおかげで今は多少助かった。

 そして。


「誤解だジュリ」


 ありきたりな一声に、内心でヒューガはずっこけた。

(それ修羅場で一番信用ならない言い訳じゃん!?)

(でも誤解じゃろ!? 実際誤解じゃろどう考えても!?)

(それは分かった上で誤解が進まないようにする態度取るつもりだったんじゃねえの!?)

(ジュリの方が大事だとか、この女は捨てるよとかストレートに誠意を示すしかねえじゃろ!)

(ますます確信犯のクズ彼氏ムーブしようとすんな!)

 そもそもジュリエットは彼女ですらない。

 突然そんな「誠意」を示されても混乱するしかないだろう。

 そして捨てるも何もキャロラインも別に彼女ではないし、何の取引も成立していない。

 やはりリューガに任せるのは得策ではない。

 一旦引っ込んだことでヒューガは冷静になり、改めて主導権を取り戻した。

「そういう話は受けられない。他に言うことは何もない」

 キャロラインにNOを示し、ついでにジュリエットに「ではなかった」と示すためにも、はっきりとそう言って、ヒューガはジュリエットの方にすたすたと歩く。

 が、ジュリエットも少し怯えた顔をする。

 ヒューガに戻っても、一度発現した竜化が消えずに残っているせいか。

 いや、ヒューガの一面を見てしまったショックで、慣れ親しんだ幼馴染が理解できないモノに見えているのか。

 少しだけショックだったが、ヒューガは深追いせずにジュリエットの前を通り、立ち去る。

(お、おい、言い訳せんでええのか)

(こんな状況じゃ何言っても信用されないから意味ない。あとで落ち着いてから詳細を教えた方がいい。それに……)

 キャロラインをちらりと確認する。

(あんまりジュリにわたわたと構うと、今度はキャロラインがジュリを利用しようとするもしれない。ハンティングでは狂戦士だが、学校でのジュリは無邪気なアホ娘だ。つけ込まれたらどうしようもない)

(どうやってつけ込むって言うんじゃ)

(……知らねえけど)

 少しだけ弱気になるヒューガ。そもそも陰謀なんて専門外だ。


       ◇◇◇


 それから、数日。

 ジュリエットはそれからヒューガに無邪気に絡んでこなくなり、少し距離感が開いている。

 ハンターハンター言われなくなったのは悪いことではないはずなのだが、少し寂しい。

 逆にキャロラインは諦める気配がない。

 どうやってIDを調べたのか、スマホにもメッセージが届くようになり、ヒューガにその気がないと察しても放課後は尾行してくる。

 高校の在学生には他にも軍人の家族はいるはずなので、そちらに的を変えてもよさそうなものだが……しかし、うっかり鋼像機ヴァンガードとの近さを匂わせてしまったヒューガこそが最短距離と信じているのだろう。


「……参ったなぁ」

 ヒューガはファストフード店の片隅で頭を抱えていた。

 ジュリエットは少しおいておくとしても、キャロラインをどう扱ったものか。

 近づけば「取り引き」に同意したものと彼女は考え、なしくずしに妙な雰囲気になってしまうだろう。ヒューガは毅然としたくても、相手からそういう雰囲気を出されてしまうとたじろいでしまう。

 かといって邪険にし続けるのも本意ではない。

 彼女が固執するものが鋼像機ヴァンガードでさえなければ、前線都市で生きていくのは悪くはないはずなのだ。

 ジュリエットたちほど華々しくは活躍できずとも、ハンターをやるのは前線都市では普通のことで、小さくともモンスターを駆逐するのは政府の方針にも合致する。

 それに、親の後を継いで……というのも変だが、同じ道を選んで建築オペレーターをやるのもいい。

 低機能ゴーレムや各種重機を指揮・操作し、上の打ち出す方針に沿って現代の高速建築をサポートする建築オペレーターは、今のノーザンファイヴなら、いくらでも仕事がある。

 今後、人が世界を再征服していくなら、それこそ何十年も重用される仕事だろう。

 そちらの方に向くきっかけがあれば、彼女もまた、いい友人の一人になれる。

 利用されそうにはなっているのだが、少し情が移っているのかもしれない。

 ヒューガは店の別の席でこちらを窺いながら時間を潰すキャロラインを数分おきに確認し、また溜め息をつく。

 そこに、背中から野太い声がかかった。

「おう小僧。こんなとこで夕飯か?」

「……ゴールダスさん。……と、ユアンか」

「おいおい少年、一回りも年上相手に呼び捨てか?」

「尊敬されるような振る舞いをしろよ、一回り上の自覚があるなら」

 髭面のドワーフと、ヒョロリと背の高いアラサー男。

 いつ見ても冗談のようなデコボココンビだ。

「アンタらこそ、ここで夕飯? もっといい店はあるだろうに」

「年寄りドワーフには品のいい店は肌に合わん。何よりここはシートが座りやすい」

「足短ぇからな、旦那は」

「うるせぇ」

 ゴールダスは高級店にありがちの、ちょっと気取った高さの椅子が嫌いなようだ。ドワーフでも乗れないことはないはずだが、足がぶらぶらするのが気に食わないのかもしれない。

「何よりハンバーガーは雑に手で食えるのがいい。昔はモノを食うのにしゃらくせえ棒きれカトラリーなんか使わんかったもんだ。ナイフ一本ありゃあ何食うのにも不自由することはなかった」

「えぇ……スープとかは?」

「碗から直飲みよ。皿に注いで匙で掬うなんてまどろっこしいじゃねえか」

「熱くないかなぁ……」

「油ならともかく、熱湯如きで火傷するドワーフはいねぇんだよ。俺らは火と鉄の眷属って言われるぐらいでなぁ……」

「……ああ、そういう」

 ドワーフ特有の食文化ということか。

 と、結局同じ卓に座ってしまったゴールダスとユアンの相手をしながら、またチラリとキャロラインを見る。

「……なんだ、あの女の子が気になってんのか? 青春だねぇ」

 ユアンがからかう。

 ヒューガはつっけんどんに否定しようとして、少し思い直す。

(……なあリューガ。ルティに言っても仕方ない話だけど、ゴールダスさんなら……)

(テストパイロットの席を空けられる……か? 無茶振りのような気がするがのう)

「……ゴールダスさん。少し相談があるんだけど。あの子のことで」

「あん?」

 大口を開けてハンバーガーにかぶりつくドワーフは、怪訝そうな顔をした。

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