ヒューガが心持ち声を落としながら語ったキャロラインの事情を聞くと、ゴールダスは溜め息をついた。
「まあ気になってる女が……ってんなら、気持ちはわかるがよ。現実問題、今の
「……一割未満」
「そうだ。ベテランになるまで生きてること自体が難しい。上層部の連中が、巨大モンスターより
「在庫……」
「俺たちパイロットは現場が長いと上への不満が溜まるからな。それに反乱を企てる側にしても、どうせ声かけるならギリギリ乗れるだけの新米よりエースの方がいいに決まってる。……って理屈で、長持ちしてるパイロットはむしろ上層部には目をつけられるわけさ」
ユアンの補足は、それなりに基地暮らしが長いヒューガとしても聞き覚えがある。
それにしたって、在庫処分とは。
「本当、よく
「そうは言うが、軍に入ったら人を殺すかパイロットになるかだぜ、少年。……もしや市民を殺す方が夢があるって言っちゃうクチかい?」
「そうは言わないけど」
軍人は社会的地位も高く、給料も福利厚生もいい、らしい。
それだけで目指す価値はある。
しかし、確かに何と戦うかという話になれば、もう「戦争」をすべき敵国がない以上は、モンスターか治安維持しかない。
工兵や整備兵といった例外はあるにせよ、現状パイロットこそ「戦う職業」としての意義がある、と考えるのも、ひとつの道理だった。
だからといって、こんなに生存率の低いものになりたがる者がそんなにいるのだろうか。
「まあ、昔は
ゴールダスはグラスになみなみ入った酒をゴッゴッゴッと飲み干して、ドンと置き。
「それでも俺なら勧めねえよ。テストパイロットはむしろ正式パイロットより危ねぇ。ユアンやお前さんには言うまでもないことだが、試作機なんてもんに乗るなら不具合は付き物だ。いくら腕があったって、腕以外の部分で終わっちまう可能性は常にある。そんなもんにわざわざオトコも知らねえお嬢ちゃんを乗せて、お前さんに毎度返してやれる自信なんざ、俺にはねえよ」
「…………」
ヒューガは何とか食い下がろうとしたが、言葉が出てこない。
実際、ヒューガにもヘルブレイズの実戦運用開始から幾度も危ない場面はあった。
ヘルブレイズの高い基本性能と6型ドラゴニュートの異常な頑丈さで乗り切ってきたが、普通ならヘルブレイズが一回体当たりした時点で全身骨折の意識不明になっていてもおかしくないのだ。
同じことはキャロラインにできるはずもない。
かといって、ユアンのように限界を引き出す腕前を、初心者のキャロラインに求めることはできない。
もしヒューガの懇願通りに彼女をテストパイロットにしても、ただ未熟な人間が未完成機に乗るという、当然すぎる危険が生じるだけ。
それは「人類のために戦った」という名誉もない死を近づけるだけに他ならないのだ。
そんなのをヒューガの都合でゴールダスに引き受けろというのは、あまりに厚かましい願いではないか。
ヘルブレイズのような特殊なパイロット専用機体を作ってはいないにしろ、ゴールダスの開発局も無尽蔵にテストパイロットを雇う枠があるわけではない。
ルティに比べて政治力があるとはいえ、出撃に強い制限があるのは同じ。大量のパイロットがいても、出撃機会を与えられないのでは何の意味もないのだ。
……なんとか切り口を探すヒューガに、肘をついてユアンがニヤニヤと横槍を入れる。
「つまるところ、諦めさせりゃいいわけだろ? だが、お前にはその材料がない。まさかあの
「……そうだよ」
「じゃあ簡単だ。俺が行けばいい」
「は……?」
「量産機も試作機も乗り回してるし、何より現役軍人だ。どうせしばらくしたらこの街から消えるから、後腐れもねえ」
ユアンはグッと親指で自分を指してアピール。
つい嫌味でも言ってやりたくなるが、実際現実を教えてやる役としては適任なので始末が悪い。
これをゴールダスがやると、結局立場が違うので、むしろ「パイプができた」として粘られてしまいかねない。
……ゴールダスとも、しばらく視線で窺い合った末に。
「……なんとかできるなら、してくれ」
「して下さいユアンさん、だろ少年」
「……して下さいユアンさん」
非常に癪だったが、ヒューガは折れる。
ハハハ、と嫌味ったらしくヒューガの肩を叩き、ユアンはキャロラインの席に向かう。
しばらく見ていると彼女を連れて店を出て行ってしまった。
「……大丈夫かな」
「アイツのやることまでは責任持てねえぞ。息子でも孫でもねぇんだ」
「…………」
ゴールダスの言葉に若干不安を覚える。
◇◇◇
不安に思いながら数日を過ごした。
次の日彼女がヒューガの目の前に現れなかったのは、まあ普通に諦めたのだろうと思っていたが、数日もすると逆に胸騒ぎがしてくる。
「ジュリ」
「えっ……な、何?」
直接後輩の教室を確かめに行くのは憚られる。というより、どこを確かめればいいのかわからない。
なので、少し気まずかったがジュリエットに頼ることにした。
「キャロライン・ディアリスって子、どうしてる?」
「キャロライン……って」
「あ、いや、しばらく見ないから心配になって……」
「…………」
ジュリエットの探るような視線が酷く居心地悪い。
どうして、と聞きたいのだろう。あの日の絡み合いはどういうことなのか、と。
ジュリエットの好意を気づかないほどヒューガも馬鹿ではない。だが言い訳をするのに適切なタイミングであるかどうかは、きわどいところといえる。
ジュリエットもジュリエットで、ここで彼女ヅラしたことを言うのは致命的な決裂になるかもしれない、とか、それでもせめてどういう関係なのかは知りたい、とか、いくつもの欲と逡巡が浮かんでは言葉にできずにいて。
やがて、ジュリエットは首を振る。
「……わからない。教室には来てないよ」
「……いつから?」
「何日か前から見てないと思う」
「……!!」
ヒューガはここに至って、目を背けていたひとつの可能性を直視する。
職員室に走り、教師に彼女の在籍状況を確認し、そして……。
◇◇◇
「ユアンッッ!!」
学校の授業の残りなど気にせず、基地に駆け戻っていた。
「よう少年」
「お前っ……何した!?」
「おいおい、随分藪から棒じゃねえか」
「とぼけんじゃねえ!!」
ガッとユアンの襟首を掴む。
「キャロラインをどうしたって聞いてんだよ!!」
「今ごろかよ」
ユアンは面倒そうにヒューガの手を振り払おうとし……ヒューガが放さないので、逆に掴み返して。
「お前の迂闊の尻拭いをした、って言えばわかるか、クソガキ」
「てめぇっ……!!」
「本来は
「そんなことのために俺に任せろとか言ったのかよ!!」
「もう少し物分かりが良ければ、話は違ったかもしれねぇ。が、かすかな希望にすがった孤児ほどしつこいもんはねえ。……その先はお前に許可を取るものでもないし、お前に決断できることでもない。だから行きがかり上、ケツは拭いてやった。話はそれで終わりだ」
ヒューガを突き放して、ユアンは背を向ける。
「軍ってのはそういう場所だ。ひとつ覚えたな、馬鹿ガキ」
「っ……!!」
キャロライン・ディアリスのデータは、あらゆるデータベースから抹消されていた。