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第44話

 分家の神社に着くと、すぅっと身体が楽になった。御澄宮司の神社と同じように、人ならざるものを退ける結界があるのだろう。


「蒼汰くん。おかえりっ!」


 境内に入ったところで、紅凛が飛びついて来た。


「ただいま。帰って来たのが分かったの?」


「うん。村にいた時より、霊力を感じ取れる範囲が広がったんだよ」


「へぇ、すごいなぁ。前も充分すごいと思っていたんだけど、もっと力を使うのが上手になったんだね」


 前は百メートルほどだった範囲が、今は倍になっているのだという。大して進歩していない僕とは、大違いだ。


「蒼汰くん、なんか疲れてる?」


「あぁ……分かる? ちょっとね、色々あったんだ……」


 本当は、ちょっとではないのだけれど。泣きそうなくらいの恐怖を味わった後なのだ。


「一ノ瀬さん。中で話したらどうですか? 車の中でも、ぐったりとしていたじゃないですか」


 御澄宮司はスタスタと、神社の建物の方へ歩いて行く。

「言わないでくださいよ……」


「蒼汰くん、行こっ!」


 紅凛に手を引かれながら、御澄宮司の後を追った。




 朝と同じ客間に入ると、紅凛は僕のすぐ横に座った。どうしてこんなに懐いてくれたのだろう、と不思議に思うことはあるが、妹ができたみたいで嬉しい。


「それで、どうして蒼汰くんは、ぐったりしてるの?」


「なんていうか、いやぁな感じのがいたんだよ。暗い緑色の靄が腕の中に入って来てさぁ。一応、御澄宮司が祓ってくれたんだけど、目をつけられたみたいなんだよね」


「幽霊に?」


「うーん……たぶん。男の人っぽいけど、目しか視てないんだよね。でも、誰かが後ろに立っていた感じがするから、やっぱり人間の霊なのかなぁ……」


「人間かどうか、分からないの? なんか、変な感じだね。怖かった?」


「うん。かなり怖かったんだよ。すごい殺気を感じたから」


「殺気……。それって大丈夫なの?」


「大丈夫だと思いたいよね……。御澄宮司と一緒にいる間は大丈夫だろうけど、連休中に解決しなかったらどうしよう。自分の家に帰って一人になるのは、ちょっと嫌だなぁ……」


 思わず遠くを見つめてしまったが、逃げても何も解決しないということは分かっている。


 一人の時に、あの殺気を放っていたものが現れたら、どうすればいいのだろうか。先ほどは、動くこともできなかったのだ。


「はぁ……」ため息をつくと、御澄宮司が、ふふっと笑った。


「早く解決しないといけないですね。一ノ瀬さんは怖がりですから」


「いや、これが普通ですよ。僕は霊媒師じゃないんですから……。前は、たまに霊が視える。くらいだったのに、御澄宮司と出会った辺りからは、恐ろしい思いばかりしているような気がするんですけど」


「初めて会った時は、呪術で生み出された化け物が相手で、大変でしたもんね。あの時のことは、私も思い出したくないですよ。まぁその後は、厄介な依頼について来てもらっているので、恐ろしい目に遭っているわけですが」


「そうでしょう⁉︎ 何度も言いますけど、僕は霊媒師じゃないんですよ。厄介な依頼の時は、神社の人たちを連れて行ってください」


「もちろん、部下を連れて行く時もありますよ。普通に除霊をすればいいだけの時や、神事も彼らに手伝ってもらっています。ただ、私の霊力を以ってしても、相手の正体が分からない時がありまして。そういった異常な事態の時に、一ノ瀬さんを呼んでいる、というだけですよ」


「それがおかしいんですっ! 異常な事態の時には、プロが行くべきだと思うんですよ。それなのに、なんで一般人の僕を連れて行くんですか。今日のだって、実は相当危ないですよね?」


「まぁ、お祓いをしてもらっても効かなかったようですから、安全とは言えませんね。でも、大丈夫ですよ」


「何が大丈夫なんですか⁉︎ 全然分からないんですけど!」


「私がちゃんと守りますから」


 御澄宮司が、にこりと微笑む。


 ——全く信用できない笑みだ。


「さて。午後からは三神さんの家と、小学校に行きます。それから暗くなったら、また山里さんの家に行きますので、しっかりと身体を休めておいてくださいね」


 そう言って、御澄宮司は部屋を出て行った。


「蒼汰くんて、いつもこんな風に、あの人にこき使われてるの?」


「そうだねぇ……」


「神社の人たちがねぇ、気に入られてるから、大変だねって言ってたよ」


「それって僕のこと?」


「うん、そう。普通は一般人を、仕事に連れて行ったりしないじゃない? 今回も、神社の人たちは手伝いますって言ったのに、蒼汰くんを連れて行くからいい、って言われたんだって」


「えぇ? 何それ。だったら神社の人を連れて行けばよかったのに。ものすごい怖かったんだよ? それに、敵意を持たれたみたいだし……」


「あははっ。でも、今回のは蒼汰くんじゃないと視えないんじゃないかな。私も友達から霊気を感じた時に、正体を視ようとしたけど、全然視えなかったもん」


「たしかに御澄宮司も、視えないみたいだったけど……」


「大変だねぇ、蒼汰くんは。もうこのまま霊媒師になったらいいのに」


「いや、僕はいいよ。紅凛ちゃんや御澄宮司みたいに霊力が強いわけじゃないし、普通が一番良いと思うんだよね」


「そっか、残念」


「残念?」


「うん。私が大きくなったら、蒼汰くんと一緒にお仕事をしようと思ってたのに」


「僕じゃなくて、御澄宮司を手伝ってあげてよ」


「それは嫌。だってあの人、性格悪いもん」


 ——やっぱりまだ、仲が悪いんだ……。


 紅凛は神無村にいた頃から御澄宮司を嫌っているし、御澄宮司は紅凛のことが苦手というよりは、子供が苦手なのだろう。


「仲良くしてあげてね……」


 頭を撫でると、紅凛は唇を尖らせて、首を横に振った。




「蒼汰くん、起きてー」


 身体を揺すられて目を開けると、紅凛の顔が見えた。


「ありがとう。……うん、少し楽になった気がする」


 用意してもらった昼食を食べた後は、昼寝をさせられていた。御澄宮司は僕をこき使っているが、一応、体調などの心配はしてくれているようだ。


「あのね、私の友達に話を訊くって言っていたでしょ? 明日の午前中に、公園で話をすることになったよ」


「そうなんだ。怖い夢を見るのは可哀想だから、早くなんとかしてあげたいよね」


「うんっ」


 スッ、と障子戸が開いて、御澄宮司が入って来た。


「体調は、どうですか?」


「もう大丈夫です。だいぶ楽になりました」


「それは良かったです。そろそろ行きましょうか」


「はい。じゃあ、紅凛ちゃんも頑張ってね」


 紅凛の頭を撫でると、今度は、にっこりと微笑んだ。


「うん。気をつけてね、蒼汰くん」


 紅凛に見送られて、僕たちは三神という女性の元へ向かった——。


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