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第46話

「あいつ……。美奈さんのことを、大事に想ってるのかもな……」


 僕がそう呟くと、三神のお婆さんと御澄宮司が、同時に僕を見た。


「大事に想っている、か。坊やは面白いことを言うんだねぇ」


「でも、美奈さんを操って、毎晩どこかに連れて行くんですよ? そのせいで、彼女は随分と弱ってしまっているんです。どうして一ノ瀬さんは、そう思うんですか?」


 二人とも、僕が言ったことがおかしいと思っているのだろう。でも僕は——。


「たしかに弱っていますけど、怪我もなく無事に、朝になったら家に帰すじゃないですか。何かに取り憑かれて行方不明になってしまった、という話は聞いたことがありますけど、そうしないことに理由があるんじゃないかなと思って。帰すということは、美奈さんを傷付けたり殺したりする気がないから、帰すんでしょう? 関係のない僕には容赦なく殺気を放つくせに、美奈さんには、随分と優しいんだなぁ、と思ったんですけど」


 僕が言うと二人は、顔を見合わせた。


「一ノ瀬さんに殺気を向けていたので、美奈さんに執着している悪いものだとしか思っていませんでしたけど、そう言われると、たしかに大事にしているようにも感じますね……」


「それに、この世のものではないものは、昼間は力が弱くなると、御澄宮司も言っていましたよね。昼間は守ることができないから、美奈さんを安全な場所である家に帰すのかも」


「……」

「……」


 二人はまた、黙ったままで顔を見合わせた。


「うん、なんだかそんな気がしてきたよ。普通ならありえないことだけど、それなら辻褄が合うねぇ」


「守れないから、朝になったら家に帰す……。それだと、夜にどこかへ行くのはまるで、恋人の逢瀬のようですね」


 僕も、御澄宮司と同じことを思った。


「たぶん、そんな感じです。僕に殺気を向けたあの男は、美奈さんのことを気に入っているんでしょうね。ただ、どこで美奈さんと出会ったのか、そこが不思議ですけど。亡くなった恋人がいた、とかそんな話は聞いていないんですよね?」


「そうですね。一応、後で確認してみます」


 三神のお婆さんが「ふうん」と呟いた。


「この坊やを気に入っている理由が、なんとなく分かった気がするよ。『目が良い』のも理由の一つだろうけど、死霊と長年対峙してきた人間じゃあ、考えつかないようなことに気付くんだね、この坊やは」


「良いか悪いかは別として……。一ノ瀬さんは生きている人間も死霊も、同じように考えるんですよ。だからこそ、気付くこともあるんだと教えてもらいました」


「へぇ。御澄一門の総大将に教えるなんて、大したもんだ。はっはっは」


 別にそんな大それたことをしたつもりはない。いつも御澄宮司が色々と訊いてくるので、思ったことを伝えているだけだ。


「一ノ瀬さん。そろそろ小学校を見に行きましょうか。夕方には山里さんの家に行きたいですし」


「はい」




 外に出ると、三神のお婆さんがニヤリと笑った。


「それにしても、夜のデートが死霊捜しなんて、色気がないねぇ。たまには、もっと良いところへ連れて行かないと、振られちまうよ」


 ——また言ってる……。


 チッ、と舌打ちが聞こえて、御澄宮司はお婆さんの方を見ずに、車のドアを開いた。


「遊んでいる暇はないので、失礼します」


 不機嫌な様子の彼は、無表情で運転席に座り、ドアを閉める。


 ——お婆さんには気を遣わないんだな。


 いつもは神職らしく微笑んでいるのに、ここでは無表情か不貞腐れたような表情か、どちらかだった。


「冗談はさておき、これからも御澄の坊ちゃんと、仲良くしてやっておくれよ。聞いたかも知れないけど、あの子は色々と大変だったんだ。神社の関係者には弱いところは見せられないだろうし、坊やみたいな優しい子がそばにいてくれたら、あたしも安心できるよ」


 初めて、三神のお婆さんの優しい表情を見た気がした。


「危険な仕事に連れて行かれるのは、ちょっと困りますけどね」


 そう言って苦笑いをすると、お婆さんも笑った。


「無茶をしないように、見張っておいておくれ。勝手なお願いだけど、頼んだよ」


「はい。じゃあ、失礼します」


 僕は会釈をして、車に乗り込んだ。


「何を話していたんです?」


 御澄宮司が車を発進させながら言う。


「別に、挨拶をしていただけですよ。御澄宮司は、三神さんのことが苦手なのかな、と思ったので、僕が挨拶をしておいたんです」


「はぁ……。あの人は、他人を揶揄うのが趣味で、私も幼い頃から、散々揶揄われてきたんですよ。苦手というか、拒否反応というか——」


 文句を言っている御澄宮司は、やはり、いつもよりも子供っぽいように感じる。




 少し進んだところでサイドミラーに目をやると、三神のお婆さんが、まだ僕たちを見送ってくれていた——。

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