3組のロッカーにも、やはり本が置いてある。僕が小学生の時も、朝に読書の時間があったので、そのための本なのだろう。
御澄宮司は躊躇なく本を手に取り、開いた。
「こちらのクラスにも、同じ栞がありますね……」
——僕はできれば触りたくないけど、御澄宮司は怖くないんだろうな。
「紅凛ちゃんは、栞を持ってないんでしょうか」
ロッカーの前をゆっくりと歩きながら、紅凛のロッカーを探す。すると、一番右の端に『白榮あかり』と書いてあるロッカーがあった。本も置いてある。
しかし、紅凛の本からは、嫌な気配を感じない。
「あ。紅凛ちゃんは、持ってないんだ」
本を手にとって開いてみたが、栞ではなく、本についている紐を使っていた。
「御澄宮司。紅凛ちゃんは、栞は使ってないんですけど、他の子の栞に霊気がついているとか、そんな話はしていなかったですよね?」
「栞のことは、何も言っていませんでしたね。まぁ私も、一ノ瀬さんが気にしなかったら、気付かなかったと思いますよ。嫌な気配がすると言っても、この程度の微かな気配ならどこにでもありますから、特に気にしません」
「気にしない……。霊力が強い人だと、そんな感じになるんですね……」
「えぇ。よく気付いたなと思いましたよ。山里さんのお宅で色々とあったので、今は敏感になっているのかも知れませんけど」
「それは、あると思います。右手に入られたせいか、右手が反応するんですよ。それで気付いたんです。でも、栞と夢が関係あるかどうかは、まだ分からないし、紅凛ちゃんの友達と話をする時に、栞のことも聞いてみた方がいいかも知れないですね」
「今はこの栞くらいしか、気になることはありませんからねぇ」
栞を使っていない紅凛は、暗い森の中を歩く夢を見ていない。栞が原因の可能性は高いような気がする。
その後。二階と三階も確認させてもらったが、栞以外に気になるところは、何も見つからなかった——。
教頭先生にお礼を言って、校庭を歩いていると、僕の携帯電話が鳴った。
「あっ。紅凛ちゃんだ」
電話に出ると、紅凛の元気な声が耳の奥に響いた。
『蒼汰くん! 明日ね、友達から話を聞けることになったよ。お昼ご飯を食べてから、近くの公園に集合だって!』
「お昼ご飯を食べてから、近くの公園に集合だね」
紅凛の言葉を繰り返すと、御澄宮司が小さく息を吐いた。
「遊ぶ気満々じゃないですか。これだから、子供は……」
「まぁ、いいじゃないですか。緊張していたら、話ができないかも知れないですし」
すると何かを言われたと察したのか、紅凛の『ん?』という声が聞こえた。
『また、おじさんが何か言ってる? 自分が話を聞きたいって言ったくせに。文句ばかり言ってるから友達ができないんだよ、って言っておいて?』
「えっ、あぁ、うん……」
ちらりと御澄宮司に目をやると、視線がぶつかった。
「紅凛さんが、何か言っていましたか?」
「い、いいえ? 別に、何も……」
——この二人って、いつもこんな感じなのかな。僕はたまにだけど、分家の人たちはたぶん、大変な思いをしているんだろうな……。
辺りが、茜色に染まった頃。
山里家の前に立つと、嫌な霊気を感じた。まだ微かに感じる程度だが、それでも視えない何かが、身体の表面を這いずりまわっているような感じがする。
「すごく、嫌な感じがしますね……。昼間とはまた違った感じで……」
午前中に暗緑色の靄に入られた右手も、家の方へ引っ張られているような気がする。
「山里さんに電話をかけてみますね」
御澄宮司が携帯電話を、上着のポケットから取り出した。
「御澄です。家の前にいますので、出て来ていただいてもよろしいでしょうか」
——良かった、僕たちは中に入らなくてもいいんだ。
ほっと胸を撫で下ろす。仕事なのは分かっているが、今の状態の家には、絶対に入りたくない。
しばらくすると、山里夫妻が出て来た。その表情は——なんだか怯えているように見える。
「娘さんの様子はどうですか?」
「……物音がしたので、起きていると思います」
「そうですか。まだ夕方ですが、家の中に何かがいる気配は感じますか?」
「それが……。今日はいつもより酷くて。ずっと家中から、細い木が折れるような音がしたり、近くで足音が聞こえたりするんです。私たちは動いていないのに、人がたくさんいるような感じがして……」
——それで怯えているのか。
「美奈さんを一ノ瀬さんに奪われる、と思って警戒しているんでしょう。美奈さんはいつも、何時くらいに家を出て行くんですか?」
「昨日は九時頃だったと思います」
「九時ですか……。まだ時間がありますね。私たちが家の中に入ると余計に暴れるでしょうから、外で待機しています。美奈さんが動き出したら、連絡をもらえますか?」
「はい、よろしくお願いします」
玄関の前で立ち止まった山里夫婦は、顔を見合わせて、恐る恐るといった様子で、中へ入って行った。心霊現象が起こっている状態の家へ入らなければならないのだ。誰だって怖いだろう。
「一ノ瀬さん、行きましょうか」
「はい」
僕たちは御澄宮司の車へ戻った。
「やっぱり、昼間と夜間では、霊気の質が全然違いますね。外にいても、気持ち悪くなりそうでしたよ。僕は絶対に入りたくないです」
「私もですよ。霊力がある人間は、全員がそう思うでしょうね。それに今入ると、たぶん一ノ瀬さんは攻撃されますよ。姿は視えませんでしたけど、悪意が一ノ瀬さんへ向いているような気がしましたから」
「あぁ……。視られているような気はしました。身体を何かが這いずりまわっているような嫌な感覚がありましたから……」
「好かれてしまう体質だと、大変ですねぇ」
「えっ? 好かれるとは、また違うような気がするんですけど……」
特に今回は、完全に敵だと思われているのだから。
「山里さんから電話がかかってくるまでは、ゆっくり休んでいてくださいね。古寺の辺りで見失うと聞きましたが、私たちは霊気を追えますから、もっと先までついて行けるはずです。九時頃に出て行って、朝に帰って来るのなら——もしかすると、かなり遠くまで歩くことになるかも知れません」
「そうですね……覚悟しておきます」