昼食を食べた後に三人で、近くにある公園へ向かった。
ジャングルジムと滑り台があるだけの小さな公園で、五人の子供が遊んでいる。男の子が二人と、女の子が三人だ。
「蒼汰くん、みんなを紹介するね」
紅凛は僕の手を引っ張った。
「みんな、この人が蒼汰くんだよ。私のお友達なの! それから蒼汰くん。この子が優奈ちゃん。それから凪くんと、姫乃ちゃんと、結香ちゃん、悠太くんだよ」
「こんにちは。少し話を聞かせてね」
僕が言うと、子供達は「いいよ」と頷いてくれた。
「一ノ瀬さん、お願いしますね」
御澄宮司がそう言うので、僕は子供たちと目線が近くなるように、地面に片膝をついた。御澄宮司は僕の斜め後ろで、話している様子を見ることにしたようだ。
「じゃあ、ええと……。みんなが見た怖い夢のことなんだけど、暗い森の中を一人で歩いて行って、森を抜けると今度は海に出て、隠れる場所を探すんだよね? そうしたら崖下に続く細い道があって、そこを下りて行くと、祠がある広場に着く。でも行き止まりになっているから、また上に行くと、怖いものに追いかけられる。で、合ってる?」
僕が言うと、子供たちは頷いた。
「そこまでは、同じ夢だって聞いたんだけど、みんなは、何に追いかけられたのかな? 悠太くんはどうだった?」
「僕は、黒い影がたくさんいたよ。影だけど、おじさんの唸り声みたいなのが聞こえたから、人間だと思う」
「おじさんの唸り声か。視えなくても怖いね」
「うん。もうあの夢は見たくないよ」
悠太は顔をしかめた。
「そうだよね。じゃあ、姫乃ちゃんは?」
「私は、幼稚園くらい子と、その子のお母さんかな? 二人に追いかけられたの。化け物みたいに口が、ぐわって開いてね、食べられるかと思った……」
「食べられるのは嫌だなぁ……。それは僕も逃げると思う」
「二人ともガリガリだったから、お腹が空いていたんじゃないかな。でも私は食べられたくないから、逃げたの」
姫乃は服の裾を、ぎゅっと握りしめる。
「可哀想だとは思うけど、食べられるのは嫌だもんね。凪くんは、何が出て来た?」
「俺は、落武者がいっぱい出て来たんだ。ゾンビみたいにノロノロ歩いていたから逃げられたけど、刀を持っていたから、殺されるかと思った」
「刀を持った落武者のゾンビかぁ。ホラーゲームみたいで怖いね」
「うん、マジでヤバかった」
凪は眉根に力をいれて、ため息をつく。
「もう二度と見たくないね、そんな夢は。結香ちゃんは、どんな夢だった?」
「私は、鎌を持ったお婆さんだったけど……骸骨みたいな感じだった……」
「お婆さんは、骸骨みたいになってたの? 目玉がなくて、骨が見えてるような感じかな?」
「うん、そう。それでね、お婆さんは着物を着ていたの。本で見た、山姥みたいだった」
「うわぁ、それは怖かったね。山姥か。僕も怖いなぁ……」
「うん、怖かった……」
姫乃は泣き出しそうな顔をして頷いた。
「それじゃあ最後は優奈ちゃん。優奈ちゃんは、追いかけられなかったんだよね?」
「うん。優奈は追いかけられてないよ」
「紅凛ちゃんに、優奈ちゃんは祠にお参りをしたって聞いたんだけど……」
「小さな家のことだよね? 優奈のおばあちゃんがね、お地蔵様に、いつも手を合わせるの。だから優奈も、ちゃんと手を合わせたんだ」
「お地蔵様?」
「ええとねぇ、外から見たら、岩があるように見えるの。でも、崖に穴があいてるみたいな感じになってるから、そこへ入って岩の近くまで行くと小さな家になっていて、家の中にはお地蔵様がいるんだよ」
「岩を彫って造った祠か……」
御澄宮司を見ると視線がぶつかった。
「外から見たら岩に見えるけど、違う向きから見ると祠になってるのって、珍しいですよね? 僕は見たことがないし、祠を隠したかったのかな? と思ったんですけど」
「たしかに、外から見ても分からないように造られている気がしますね。隠さなければならないもの……。そこに何が祀られていたのか、気になりますね……」
御澄宮司は険しい顔をしている。
僕は優奈に顔を向けた。
「優奈ちゃん。そのお地蔵様って、どんな感じだった? 顔もはっきりと分かるのかな?」
「顔は……あんまり綺麗じゃなかったかな。優奈が粘土で作った方が、綺麗に造れるかも」
「いつも見るようなお地蔵様じゃなくて、手作りのお地蔵様って感じだったってこと?」
「うん、そんな感じ。下手な人が造ったんだと思うよ。でもね、頭だけは丸くてツルツルなの」
「下手だけど、頭だけは綺麗……?」
頭だけは丁寧に彫ったというよりも——。
「御澄宮司。ツルツルの頭って、もしかして、大勢の人が撫でていたからツルツルになったんじゃ……」
「私も今、それを考えていました。崖下に造られた祠は、大勢の人の、心の拠り所になっていたのかも知れませんね。それなら、子供たちに夢を見させるような、強い力を持っていても、不思議ではありません。紅凛さんは、夢を見た子供たちの身体の奥に、霊気が入り込んでいると言っていましたよね。——ちょっと、視させてください」
御澄宮司は悠太の額を、ガシッと鷲掴みにした。
「えっ⁉︎ ちょっと、御澄宮司!」
「何です?」
「いや、何です? じゃなくて! 知らない大人がそんなことをしたら、子供は怖がります!」
「そうですか?」
御澄宮司が手を離すと——悠太は顔を引き攣らせていた。唇は微かに震えている。
「サイテー……」
後ろで紅凛が、低い声で呟いたのが聞こえた。
「あぁあ。ごめんね、悠太くん。大丈夫だから!」
——どうせなら、凪くんにしてくれたらよかったのに! あの子は怖がりそうにないけど、大人しそうな悠太くんはダメだって……!
「このお兄さんはね、霊媒師なんだ。悠太くんたちが怖い夢を見る原因を、調べようとしただけなんだよ」
「うん……」
悠太は引き攣った顔のままで、御澄宮司を見上げた。
——完全に警戒してるな……。
突然額を鷲掴みにしたのだから、当然だ。
「霊媒師、知ってるよ。漫画で見たから」
凪が得意げに言う。
「そうなんだ。怖くないなら、凪くんの手を触らせてもらってもいいかな?」
「いいよ」
「じゃあ御澄宮司。凪くんに協力してもらいましょう」
御澄宮司を見ると、彼は僕の顔を、じっと見つめた。
「一ノ瀬さんに任せます」
「えっ」