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第53話

「どちらにしても、ほんの少ししか霊気が残っていないのであれば、私が視ても分かりませんから。一ノ瀬さんが視てください」


「……分かりました」


 ——本当に、子供が苦手なんだな。


 僕と紅凛が、悠太の額を鷲掴みにしたことを非難したので、余計に苦手になってしまったかも知れない。


「じゃあ凪くん。手を乗せてくれる?」


 僕は凪の前に、手を差し出した。


「うん。兄ちゃんも霊媒師なの?」


「ううん。僕は手伝っているだけなんだけど、不思議なものが視えたりする体質なんだよ」


「へぇ。視えるんだ、すごいな。でもまぁ、俺は視たくないけど」


「僕も視たくないんだけどね……」


 僕は目を瞑って、凪の中にある霊気を探った。


 たしかに、凪の身体の奥に、何かの霊気がある気がする。ただ、紅凛が言っていた通り、微かに気配を感じるだけだ。


 ——これだけじゃ、分からないな。でも、また子供たちが怖い夢を見たら、可哀想だし……。


 もっと気配をしっかりと感じ取りたい。僕は両手で、凪の手を包み込んだ。


 ——何がいるんだ。少しでも姿が視えたら、分かるかも知れないのに。


 さらに意識を集中させると、すぅっと吸い込まれるような感じがして、なぜか全身の肌が粟立った。そして——。




 暗闇の中で蠢く、白いものが視えた。


 白いものは、一つではない。

 無数の白い粒がモゾモゾと動いている。

 少しずつ増えているような気がした。


 ——なんだろう、虫……いや、違う。


 うあああああああ……

 うううううう……


 唸り声に似た、低い音が響いている。

 寒気を感じるような音だ。


 その時——。


 暗闇から、弾けるように溢れ出した白いものが、一気に目の前に迫ってきた。




 腕だ。

 無数の手が、僕に掴み掛かろうとしている。




「うわっ!」


 反射的に、勢いよく飛び退いた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ——なんだ、あれ。気味が悪い……!


 目眩がする。吐きそうだ。


 耐えきれずにふらつくと、誰かが後ろから支えてくれた。


「蒼汰くん、どうしたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」


 紅凛の焦っているような声がする。


「大丈夫……じゃ、ない……かも」


「一ノ瀬さん、手を」


 御澄宮司が僕の左腕を持ち上げ、呪具の数珠に触れる。数珠は紫色の光を放ち、光は一気に強くなって行った。


「深呼吸をして、呼吸を落ち着かせてください」


 そう言われて、何度も深呼吸をした。まだ吐き気はあるが、目眩は楽になってきたような気がする。


「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」


「はい……。すみません」


「視えたんですね? 子供たちの中にいるものが」


「視え……ました。でも、それはちょっと後で……。御澄宮司。先に、この子たちの中に残っている霊気を、祓ってもらえませんか? あんなものが、身体の中に残っているなんて……」


 子供たちに目をやると、驚いたように目を大きくして、僕を見ていた。


 ——あ……。不安にさせちゃったかな……。


 すると紅凛が僕の前に立った。


「やっぱりみんなが怖い夢を見たのは、お化けが原因だったのかも。お化けよりもっと怖い、このおじさんに、お祓いをしてもらおう!」


 紅凛は勢いよく腕を振り上げ、御澄宮司を指差す。


「えっ。このおじさん、お化けより怖いのか?」


 凪がそう言うと、全員が僕から御澄宮司へ視線を移した。


「……紅凛さんは、礼儀も学んでもらった方が良さそうですね?」


 にっこりと御澄宮司が微笑む。


「忙しいから、ムリ!」


 紅凛は無表情で御澄宮司を見ている。また揉めそうな気がしたが、今は止めに入る元気がない。


「あの、御澄宮司……。先にお祓いを……」


 そう言うのが精一杯だった——。




 ベンチに寝転がって待っていると、子供たちの身体に残った霊気を祓い終えた御澄宮司がやって来た。


「体調はどうですか?」


「あ……だいぶ楽になりました」


「顔色も随分と良くなりましたね。先ほどは蒼白い顔をしていましたから」


「僕も、倒れるかと思いました……」


「そこまで酷い状態になるということは、やはり厄介なものなんでしょうね。それで、一ノ瀬さんは何を視たんです?」


 思い出したくはないけれど、視たものを御澄宮司に伝えるのが僕の仕事だ。


「……暗闇があって、底の方に白い粒状のものが、たくさんあったんです。最初は虫かと思ったんですけど、唸り声のようなものが頭の中に響いて……。何だろうと思いながら視ていたら、暗闇からその白いものが一斉に飛び出して来たんですよ。それが——人間の、腕でした。数えきれないくらいの腕が僕を掴もうとしてきて、それで……」


「なるほど……。無数の腕ですか。そして唸り声。呪いの類のような感じもしますが……。まぁ何にしても、気持ちが悪いですね」


「はい……」


 思い出すと、身体が震える。


「気配を感じづらいのは、霊気の量が少ないだけでなく、その暗闇に隠れているから感じづらい、ということでしょうか」


「たぶん、そうだと思います。隙間から、どばっと出て来たような感じだったので」


「嫌な感じですねぇ……。しかし、どこでそんなものを拾って来たんでしょうかね。そうそう出会うものでもないような気がしますが」


「そうですね。僕もあんなのは、初めて視ました。——あ。栞のことを、まだ子供たちに訊いていませんでしたね」


「あぁ、そうでしたね。ただ、栞に残っていた霊気は、大したことがなかったでしょう? そんな禍々しいものを、移すような力があるようには、思えないんですよね」


「たしかに……そうですよね。僕も、あんなものを小さな栞に封じ込めるのは、無理だと思います」


「とりあえず栞のことを訊いて、私たちは神社へ戻りましょうか。夕方になったらまた、山里さんの家へ行かなくてはなりませんし」


「はい」


 立ち上がると、またふらついた。


 ——結構キツイな。夜の方が大変なのに……。神社で休ませてもらおう。


「蒼汰くん、もう元気になった?」


 紅凛が駆け寄ってきた。


「うん、もう大丈夫だよ。それでね、みんなにもう一つ聞きたいことがあるんだけど……」


「そうなんだ。じゃあ、呼んでくるね」


 紅凛が呼ぶと、すぐに子供たちが集まって来た。転校して来たばかりなのに、行動力も統率力のようなものもあって、紅凛は本当にすごい子だ。


「蒼汰くん、呼んで来たよ!」


「ありがとう。みんな、ロッカーに本を置いてるよね? この中で、四葉のクローバーの栞を持ってる子はいる?」


 僕が訊くと——紅凛以外の五人全員が手を上げた。


「あぁ、やっぱり全員が持ってるんだ……。あの栞って、どうやって手に入れたの?」


「あれはね、三年生から貰ったの」


 僕の正面にいる優奈が答えてくれた。


「三年生……? 三年生の、誰に貰ったの?」


「優奈は莉奈ちゃん」

「俺は樹くん」

「私は、名前は分からないけど女の子」

「僕は従兄弟の海斗くん」

「私は美羽ちゃんだよ」


 子供たちは口々に違う名前を言う。

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