「どちらにしても、ほんの少ししか霊気が残っていないのであれば、私が視ても分かりませんから。一ノ瀬さんが視てください」
「……分かりました」
——本当に、子供が苦手なんだな。
僕と紅凛が、悠太の額を鷲掴みにしたことを非難したので、余計に苦手になってしまったかも知れない。
「じゃあ凪くん。手を乗せてくれる?」
僕は凪の前に、手を差し出した。
「うん。兄ちゃんも霊媒師なの?」
「ううん。僕は手伝っているだけなんだけど、不思議なものが視えたりする体質なんだよ」
「へぇ。視えるんだ、すごいな。でもまぁ、俺は視たくないけど」
「僕も視たくないんだけどね……」
僕は目を瞑って、凪の中にある霊気を探った。
たしかに、凪の身体の奥に、何かの霊気がある気がする。ただ、紅凛が言っていた通り、微かに気配を感じるだけだ。
——これだけじゃ、分からないな。でも、また子供たちが怖い夢を見たら、可哀想だし……。
もっと気配をしっかりと感じ取りたい。僕は両手で、凪の手を包み込んだ。
——何がいるんだ。少しでも姿が視えたら、分かるかも知れないのに。
さらに意識を集中させると、すぅっと吸い込まれるような感じがして、なぜか全身の肌が粟立った。そして——。
暗闇の中で蠢く、白いものが視えた。
白いものは、一つではない。
無数の白い粒がモゾモゾと動いている。
少しずつ増えているような気がした。
——なんだろう、虫……いや、違う。
うあああああああ……
うううううう……
唸り声に似た、低い音が響いている。
寒気を感じるような音だ。
その時——。
暗闇から、弾けるように溢れ出した白いものが、一気に目の前に迫ってきた。
腕だ。
無数の手が、僕に掴み掛かろうとしている。
「うわっ!」
反射的に、勢いよく飛び退いた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
——なんだ、あれ。気味が悪い……!
目眩がする。吐きそうだ。
耐えきれずにふらつくと、誰かが後ろから支えてくれた。
「蒼汰くん、どうしたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」
紅凛の焦っているような声がする。
「大丈夫……じゃ、ない……かも」
「一ノ瀬さん、手を」
御澄宮司が僕の左腕を持ち上げ、呪具の数珠に触れる。数珠は紫色の光を放ち、光は一気に強くなって行った。
「深呼吸をして、呼吸を落ち着かせてください」
そう言われて、何度も深呼吸をした。まだ吐き気はあるが、目眩は楽になってきたような気がする。
「どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
「はい……。すみません」
「視えたんですね? 子供たちの中にいるものが」
「視え……ました。でも、それはちょっと後で……。御澄宮司。先に、この子たちの中に残っている霊気を、祓ってもらえませんか? あんなものが、身体の中に残っているなんて……」
子供たちに目をやると、驚いたように目を大きくして、僕を見ていた。
——あ……。不安にさせちゃったかな……。
すると紅凛が僕の前に立った。
「やっぱりみんなが怖い夢を見たのは、お化けが原因だったのかも。お化けよりもっと怖い、このおじさんに、お祓いをしてもらおう!」
紅凛は勢いよく腕を振り上げ、御澄宮司を指差す。
「えっ。このおじさん、お化けより怖いのか?」
凪がそう言うと、全員が僕から御澄宮司へ視線を移した。
「……紅凛さんは、礼儀も学んでもらった方が良さそうですね?」
にっこりと御澄宮司が微笑む。
「忙しいから、ムリ!」
紅凛は無表情で御澄宮司を見ている。また揉めそうな気がしたが、今は止めに入る元気がない。
「あの、御澄宮司……。先にお祓いを……」
そう言うのが精一杯だった——。
ベンチに寝転がって待っていると、子供たちの身体に残った霊気を祓い終えた御澄宮司がやって来た。
「体調はどうですか?」
「あ……だいぶ楽になりました」
「顔色も随分と良くなりましたね。先ほどは蒼白い顔をしていましたから」
「僕も、倒れるかと思いました……」
「そこまで酷い状態になるということは、やはり厄介なものなんでしょうね。それで、一ノ瀬さんは何を視たんです?」
思い出したくはないけれど、視たものを御澄宮司に伝えるのが僕の仕事だ。
「……暗闇があって、底の方に白い粒状のものが、たくさんあったんです。最初は虫かと思ったんですけど、唸り声のようなものが頭の中に響いて……。何だろうと思いながら視ていたら、暗闇からその白いものが一斉に飛び出して来たんですよ。それが——人間の、腕でした。数えきれないくらいの腕が僕を掴もうとしてきて、それで……」
「なるほど……。無数の腕ですか。そして唸り声。呪いの類のような感じもしますが……。まぁ何にしても、気持ちが悪いですね」
「はい……」
思い出すと、身体が震える。
「気配を感じづらいのは、霊気の量が少ないだけでなく、その暗闇に隠れているから感じづらい、ということでしょうか」
「たぶん、そうだと思います。隙間から、どばっと出て来たような感じだったので」
「嫌な感じですねぇ……。しかし、どこでそんなものを拾って来たんでしょうかね。そうそう出会うものでもないような気がしますが」
「そうですね。僕もあんなのは、初めて視ました。——あ。栞のことを、まだ子供たちに訊いていませんでしたね」
「あぁ、そうでしたね。ただ、栞に残っていた霊気は、大したことがなかったでしょう? そんな禍々しいものを、移すような力があるようには、思えないんですよね」
「たしかに……そうですよね。僕も、あんなものを小さな栞に封じ込めるのは、無理だと思います」
「とりあえず栞のことを訊いて、私たちは神社へ戻りましょうか。夕方になったらまた、山里さんの家へ行かなくてはなりませんし」
「はい」
立ち上がると、またふらついた。
——結構キツイな。夜の方が大変なのに……。神社で休ませてもらおう。
「蒼汰くん、もう元気になった?」
紅凛が駆け寄ってきた。
「うん、もう大丈夫だよ。それでね、みんなにもう一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「そうなんだ。じゃあ、呼んでくるね」
紅凛が呼ぶと、すぐに子供たちが集まって来た。転校して来たばかりなのに、行動力も統率力のようなものもあって、紅凛は本当にすごい子だ。
「蒼汰くん、呼んで来たよ!」
「ありがとう。みんな、ロッカーに本を置いてるよね? この中で、四葉のクローバーの栞を持ってる子はいる?」
僕が訊くと——紅凛以外の五人全員が手を上げた。
「あぁ、やっぱり全員が持ってるんだ……。あの栞って、どうやって手に入れたの?」
「あれはね、三年生から貰ったの」
僕の正面にいる優奈が答えてくれた。
「三年生……? 三年生の、誰に貰ったの?」
「優奈は莉奈ちゃん」
「俺は樹くん」
「私は、名前は分からないけど女の子」
「僕は従兄弟の海斗くん」
「私は美羽ちゃんだよ」
子供たちは口々に違う名前を言う。