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第54話

「全員が違う子から貰ったってことか。もしかして、三年生の授業で作ったのかな……」 


「知らなーい」


 優奈は首を横に振る。


「うん、ありがとう。遊ぶのを邪魔してごめんね」


「いいよ。じゃあね!」


 紅凛以外の子供たちは、遊具の方へ走って行った。


「霊気を祓ってもらったから、みんなが怖い夢を見ることはなくなるだろうけど、夢を見るようになった理由は、まだ分からないんだよね?」


 紅凛は子供たちの方を見ながら言う。


「そうだね。どこであの霊気に憑かれたのか、見当もつかないからなぁ……。御澄宮司。やっぱり栞は関係ないんですかね。一人の子が配っていたのなら、どこかで買ったとか、その子の家に何かが取り憑いているとか、色々考えられますけど、なんか違うみたいだし……。せっかく集まってもらったけど、あまり参考にはならなかったですね」


 うーん、と唸りながら、御澄宮司は空を見上げた。


「でもまぁ、呪いを纏う品が売られているとか、悪いものに取り憑かれた子が栞を配っているとか、いくつかの可能性は消えましたから、無駄ではなかったのではないでしょうか。あと考えられることと言えば——クローバーが生えていた土地に何かある、クローバーを用意した人間が何かに取り憑かれている、クローバーや栞を保管してあった場所に何かがある、くらいでしょうか」


「御澄宮司は、まだこの件を調べるつもりなんですか?」


 依頼料が支払われるわけではないので、これで終わりだと思っていた。


「あの子供たちの中にあった霊気は祓ったので、それでもよかったのですが、一ノ瀬さんが悍ましいものを視ていますからね。放っておいて何かあったら、さすがに後味が悪いというか……」


 ——そういったことは気にしないようなイメージがあったけど、意外と気にするんだな。


 それとも、霊媒師をしている御澄宮司でさえ警戒するような、厄介なものなのだろうか。


 御澄宮司が紅凛に視線を移した。


「紅凛さん。先生方からは、子供たちと同じ夢を見たという話は聞いていないんですか?」


「先生たち? 先生たちからは聞いてないよ」


「担任の先生も?」


「うん——あ。夢を見たとは言ってなかったけど、先生も夢のことを知ってる感じだったよ」


「あの子たちから聞いたのではなくて、ですか?」


「うん。優奈ちゃんが先生に夢の話をした時に『ただ夢を見るだけだから、気にしなくても大丈夫』って言ってたんだ。だから、知ってたのかなって思ったの。別に幽霊が出るわけじゃない、とも言っていたし」


「幽霊が出るわけじゃない……。たしかに、前から知っているような口振りですね。担任の先生から話を聞くことはできますか?」


「神社に戻ったら、電話番号が分かるよ。お父さんとお母さんが知ってると思う」


「そうですか。一ノ瀬さん、我々は神社に戻りましょうか」


 御澄宮司は僕の方へ顔を向けた。


「はい。紅凛ちゃんはこのまま、みんなと遊ぶの?」


「うん」


「じゃあ、帰りは気をつけて帰るんだよ?」


「はぁい」


 紅凛は子供たちの方へ走って行った。僕よりも霊力が強くてしっかりしているが、今は年相応の子供に見える。


「教頭先生は、子供たちから聞いた話しか知らない感じでしたけど、他の先生はどうだったんでしょうか。訊いてみたら良かったですね。栞のことで頭がいっぱいだったので、そこまで気がまわりませんでした」


「えぇ、私もです」


「まだ分かりませんけど……紅凛ちゃんの担任の先生は、なんとなく、何かを知っているような気がしませんか?」


 僕が言うと御澄宮司は、小さく息を吐いた。


「まぁ、大した話は聞けないかも知れませんが『幽霊が出るわけではないのだから気にしなくても大丈夫』と子供に言ったことが、気になっているんですよね……。私が言うのもどうかと思いますが、担任の先生が小学二年生の子供に向けて言うには、少し冷たくないですか?」


「たしかに……。僕は、幽霊という言葉が出て来たことが気になってます。部屋の中に、幽霊がいるような夢を見たのなら分かるんですけど、森の中を彷徨って、化け物やゾンビに追いかけられる感じですよね? どこから『幽霊』が出て来たのかな、と思って」


「そうですね。とりあえず神社へ戻って、先生の連絡先を聞いてみましょう」




 神社へ戻って客間で休んでいると、紅凛の父、白榮がやって来た。


「一ノ瀬さん、お久しぶりです。御澄宮司には、ご挨拶をさせていただいたんですけど、一ノ瀬さんはまだ寝ていらっしゃったので」


「あぁ、朝ですね……。お久しぶりです。ここの神社には、もう慣れましたか?」


「えぇ。色々と教えていただいて、今はやりがいを感じていますよ」


「それなら良かったです。紅凛ちゃんも楽しそうだし、村を出て良かったですね。あ。紅凛ちゃんはさっきまで一緒にいたんですけど、友達と公園で遊ぶそうです」


「そうですか。神無村には子供があまりいませんでしたけど、今はたくさん友達ができたようで。毎日楽しそうにしているので、私も嬉しいんですよ。一ノ瀬さんも、ずっと紅凛と仲良くしていただいているんですよね。本当に、ありがとうございます」


 神無村にいた時よりも、白榮の表情は明るい。村に根付いていた因習から逃れることができて、肩の荷が下りたのだろう。


「それで、担任の先生の連絡先ですよね? 持って来ましたが……御澄宮司や一ノ瀬さんが対処しないといけないくらい、大変なことになっているんですか? 紅凛からは、学校の友達がおかしな夢を見る、ということしか聞いていないんですけど……」


 白榮が差し出したメモを受け取る。メモには携帯電話の番号が書いてあった。


「実はその子たちに、思っていたよりも、厄介なものが憑いていたんですよ。妙な霊気は、御澄宮司に祓ってもらったんですけど、これ以上広がらないように、原因を探っておいた方がいいだろうってことになって」


「……紅凛は、大丈夫なんですよね?」


 白榮は眉根に力を入れた。


「あぁ。紅凛ちゃんには憑いていません。大丈夫ですよ」


「そうですか。それなら良かったです……」


 安堵したような息を吐いた白榮は、また明るい表情に戻った。


「まぁ、紅凛ちゃんは強いですから、心配することはないと思いますよ。今日の朝も、僕に憑いている霊気を祓ってくれましたから」


「はははっ、そうなんですね。たぶん、やりたくて仕方がないんだと思います。新しいことができるようになったと、いつも楽しそうに話していますからね。——  一ノ瀬さん。これからも、紅凛をよろしくお願いします。霊力のことは一般の人間には話せませんから、なんでも話せる一ノ瀬さんは、紅凛にとって唯一無二の存在だと思うんです」


「僕は大した力はないですけど、紅凛ちゃんのことは本当の妹のように思っているんです。こちらこそ、よろしくお願いします」


「ありがとうございます……。では、私も仕事に戻りますね」


 白榮は微笑んで、客間を出て行った。


「本当に変わったなぁ、白榮さん……」


 神無村にいた時は、やたらと僕の力のことを知りたがっていて、正直に言うと苦手だった。でもそれは全て、生贄にされそうになっていた紅凛を救うためだったのだ。


 今の白榮は、普通の優しいお父さん、といった感じだ。


「先生の連絡先は届きましたか?」


 御澄宮司が客間に入って来た。


「はい。今、白榮さんが持って来てくれましたよ」


 僕は白榮からもらった紙を、御澄宮司に手渡した。


「ありがとうございます。それでは——電話をかけてみましょうか」


「出てくれますかね、知らない番号だし……」


「あぁ、白榮さんが先生に連絡をしてくれているはずです。特に女性は、知らない番号から電話がかかってきたら、出ないんだそうですよ」


「そうですね。僕も出ませんよ」


「へぇ……?」


 御澄宮司が、きょとん、とした顔で僕を見ている。

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