——依頼の電話は、神社の方にかかって来るだろうから、知らない人からの電話に出たことがないのかな。まぁ、そういうのは気にしないのかも知れないけど……。
「……僕のことは気にしないでください」
「あ、すみません。少しびっくりしてしまって。では、かけてみますね」
紅凛の担任は、佐川という女性の先生なのだと、御澄宮司が教えてくれた。
「——御澄と申しますが、佐川さんの携帯電話でよろしいでしょうか」
そこまで言うと、御澄宮司は携帯電話の画面を操作して、テーブルの上に置いた。スピーカーにしたようだ。
『白榮さんから聞いています。あの……どういったご用件でしょうか。子供たちのことで、と聞いたのですが……』
佐川先生の声は、戸惑っているように聞こえる。
「実は、子供たちが同じような、恐ろしい夢を見ている件を調べていまして。暗い森の中を一人で歩き、森を抜けると今度は海に出て、隠れる場所を探すんだそうです。すると崖下に続く細い道があって、そこを下りて行くと、祠がある広場に着くようですが、行き止まりになっているので、また上に行き、そこで怖いものに追いかけられる。という夢です。先生もこの話を知っていると聞いたのですが……」
『はい、色んな子から聞いたことがあります』
「その時に『幽霊が出るわけではないのだから、気にしなくても大丈夫』と子供に言ったと聞いたのですが……。どうして、幽霊は出ないと思われたのでしょうか。それに、子供たちは幽霊が出てくる夢だとは、言っていなかったと思うのですが」
『そうですね。たしかに幽霊が出て来る、とは言っていませんでした。追いかけてくるものは子供によって違うみたいでしたし。でもその子たちから聞く前に、幽霊の仕業だと言っていた子がいたんですよ。色んな子に、黒い靄が憑いていると。最初は信じていなかったんですけど、黒い靄が憑いていると聞いた子が、次々に怖い夢を見たと言い出して、あぁ、あの子は本当に、私たちとは違う世界が視えるんだな、と思うようになったんです』
僕と御澄宮司は、顔を見合わせた。
「小学校に、霊感がある子がいるんですね。しかも早い段階で気付いてる。その子に話を訊けば、何か新しいことが分かるかも知れませんね」
僕が小声で言うと、御澄宮司は頷いた。
「その黒い靄が憑いていると言った子は、在校生ですか?」
『はい。私が去年受け持っていたクラスの子で、今は四年生なんですけど……。実は、学校に来ていなくて……』
——不登校になったのか。もしかして、黒い靄のことで、学校に行けなくなったのかな。
「御澄宮司。黒い靄のことを話した後に来なくなったのかって、訊いてみてください」
「そうですね。——その子は、黒い靄が憑いているという話をした後に、学校に来なくなったんですか?」
『そうだったと思います。子供たちが怖い夢を見たと騒ぎ出した頃には、来なくなっていたような気がします。黒い靄の話をした時、かなり怯えた様子だったんですよね……。私がもっと、ちゃんと話を聞いてあげたら良かったなと、今は思っています。ダメですね。後で後悔しても、遅いのに……』
「私も幼い頃から、この世のものではないものが視えていたので、学校へ来なくなった子の気持ちは分かります。でもその子の気持ちを、視えない人間が理解できないもの分かるんですよ。先生だけではなく他の方も、視えないのだから、分かるはずがないんです。だからあまり気にする必要はないと思いますよ。ただ、次にまた同じようなことがあったら、その時は理解できなくてもいいので、しっかりと話を聞いてあげてください」
『はい、そのつもりです』
先生の声に、迷いは感じられない。この先生ならきっと、僕と同じように霊が視えてしまう子の、支えになってくれるだろう。視える側の人間からすれば、別に理解してもらえなくても構わないのだ。ただ、否定せずにいてくれるだけで、安心できるのだから。
「その黒い靄が視えた子にも話を訊きたいのですが、連絡先を教えていただけないでしょうか」
『あ……生徒の連絡先は、勝手に教えることができないので、とりあえず、保護者の方に連絡をしてみます』
「あぁ、そうですよね。では確認してもらった後に、また連絡をいただけますでしょうか」
『はい、分かりました』
通話を終えた御澄宮司は立ち上がった。
「あとは先生からの連絡を待つとして、もう少ししたら出ましょうか。美奈さんは、昨日と同じくらいの時間に家を出るのかも知れませんが、一応早めに行って、車の中で待機しましょう」
「そうですね。先に出ていかれると、困りますもんね」
「では、私は準備をしてきます」
客間から出て行く御澄宮司は、いきいきとしているような感じがする。よく分からないが、今日こそは美奈の行き先を特定してやると、やる気になっているのだろうか。
僕は、特に準備をすることはなかったので、畳の上に寝転がって、身体を休めていた。今日はおそらく、昨日よりも長い距離を歩くのだろう。昼間に体調を崩してしまったので、少しでも長く身体を休ませておきたい。
子供たちの中にあった霊気は禍々しくて、今思い出しても気分が悪くなってくる。
暗闇の中から、僕の方へ向かってきた無数の腕。
地の底から響いてくるような唸り声。
思い出すとやはり怖い。もう視たくはないけれど——。
しばらくして客間に戻ってきた御澄宮司と共に、僕は山里家へ向かった。