とても暗い場所にいる——。
周りに木や草があるのは分かった。
夜の山の中にいるようだ。
——何でこんなところにいるんだっけ……。
その場で、ぐるりと一周まわってみても、近くにある木と草しか見えない。あとは、深い闇が広がっている。
自分以外は、誰もいないようだ。
耳が痛いくらい、しん、と静まり返っていて、少し怖い。
パキッ
離れた場所で、小枝が折れたような音がした。
——何かがいるのかも。
暗がりに目を凝らすと遠くに、黄緑色に光るものが二つ見えた。動いているので、生き物なのだろう。
——こっちに来たら、どうしよう。離れた方がいいかな……。
僕は歩き出した。
草や石がある地面は、歩きづらい。それに、なるべく静かに歩きたいのに、足を踏み出す度に、ガサガサと音がする。
バサバサッ!
頭上で大きな音がして身体がビクン、と跳ねた。
——鳥か……。びっくりさせるなよ。
見上げると木々の隙間から、薄い雲のかかった三日月が見えた。いつもは何とも思わないのに、今は不気味に感じる。
ふと、喉の渇きに気が付いた。
——どこかに、水はないのかな。川は……。
耳を済ませてみたが、水の音は聞こえない。
僕はまた歩き始めた。
丈の長い草が揺れると、どうしても気になる。野生動物や人ならざるものも恐ろしいが、こんな場所で生きている人間に出会すのも恐ろしい。夜の山の中で何をしていたのだろうか、と考えてしまうだろう。
しばらく歩くと、大木が三本並んでいる場所に着いた。随分と大きな木だ。
——後ろに何かがいたら、どうしよう。
息を殺して、静かに通り過ぎる。
どうやら何もいないようだ。ホッとしながら歩いていると、下りの斜面になった。小石に足を取られながら、転ばないように下りる。
そこから少し進むと今度は、僕の身長の三倍ほどはありそうな、大きな岩が見えた。上が尖っていて、三角に近い形の岩だ。
横には、その半分ほどの大きさの岩がある。
また岩の後ろが気になったが、ゆっくりと通り過ぎた。
——水……。水が欲しい。
喉が乾いて張り付いている。
雨水でもいいから、何とかして水を見つけたい。暗がりに目を凝らしながら歩いていると、急に湿った冷たい風を感じた。
左側から、風を感じる。
——あっちに、水があるのかも。
草をかき分けて進む。すると。
「うわっ!」
ガクン、と身体が落ちた。
ガラガラガラガラ
目がまわる。
痛い。
身体中に硬いもの当たってくる。
痛くて呼吸ができない。
ズザァー……
傾斜が緩やかになったところで、やっと止まることができた。
「いったぁ……」
もうどこをぶつけたのか分からない。
全身がズキズキと痛む。
「はぁ……」
仰向けに寝転がって、周りを見まわした。
真っ暗で何も見えないが、生き物の気配はしない。
顔を上げると斜め上に、微かな光が見えた。
斜めにあいた穴に落ちたようなので、照らし出されているのは、土の壁だろう。
ぴちゃん…… ぴちゃっ ぴちゃん
水滴が落ちるような音が聞こえた。
——ここには、水があるのか?
音を聞くと、余計に喉が渇く。
ぴちゃっ ぴちゃん…… ぴちゃっ
立ち上がれないので四つん這いになって、水の音がする方へ進んだ。
「うぅっ……」
身体を動かすと、脚や背中が酷く痛む。脚や背中を強くぶつけたのだろうか。骨は折れていないと思うけれど——。
それは、今はどうでもいい。とにかく、水が飲みたい。
「あっ」
右手が、冷たいものに触れた。
「水……水だ!」
両手で水をすくって、口へ運んだ。
冷たくて甘い。
もしかすると汚れた水なのかも知れないが、そんなことは気にしていられない。もう喉が渇きすぎて、気が狂いそうなのだ。
何度も何度も水を口に運んでは飲み込んで、落ち着いた時。ふと気が付いた。
左手に、布が巻いてある。
それに気が付くと、今度は左手がズキズキと痛み出した。
焼けるような痛み。
怪我をしているのだろうか。
一度、布を外して確認したい。しかし、暗くて結び目を探すことができなかった。触っても、結び目らしきものはない。
「おかしいな……」
手首を捻ったと同時に、身体が横に傾いた。
バシャンッ!
顔の右半分が温かい水に浸かって、目が覚めた。
「うわっ!」
慌てて身体を起こす。
「ゲホッ! うぅ、びっくりしたぁ……」
風呂の中で寝ていたようだ。どのくらい寝ていたのだろうか。長い夢だったので、完全に眠ってしまっていたような気がする。
「風呂の中で亡くなる人って、こんな感じで亡くなるんだろうな。気をつけないと……。それにしても今のって、夢……じゃなくて記憶か? たぶん、美奈さんに憑いている男の記憶……だよな」
あの洞窟のような場所は、今朝起きる時に視た夢と、同じ場所のような気がする。寝転がって頭上に目をやると、斜め上に月の灯りが差し込んでいて、土の壁が見えた。
「うん。やっぱり同じだよな」
洞窟に、あの男性が辿り着いた時の記憶なのだろう。