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第59話

 とても暗い場所にいる——。


 周りに木や草があるのは分かった。

 夜の山の中にいるようだ。


 ——何でこんなところにいるんだっけ……。


 その場で、ぐるりと一周まわってみても、近くにある木と草しか見えない。あとは、深い闇が広がっている。


 自分以外は、誰もいないようだ。

 耳が痛いくらい、しん、と静まり返っていて、少し怖い。


 パキッ

 離れた場所で、小枝が折れたような音がした。


 ——何かがいるのかも。


 暗がりに目を凝らすと遠くに、黄緑色に光るものが二つ見えた。動いているので、生き物なのだろう。


 ——こっちに来たら、どうしよう。離れた方がいいかな……。


 僕は歩き出した。


 草や石がある地面は、歩きづらい。それに、なるべく静かに歩きたいのに、足を踏み出す度に、ガサガサと音がする。


 バサバサッ! 

 頭上で大きな音がして身体がビクン、と跳ねた。


 ——鳥か……。びっくりさせるなよ。


 見上げると木々の隙間から、薄い雲のかかった三日月が見えた。いつもは何とも思わないのに、今は不気味に感じる。


 ふと、喉の渇きに気が付いた。


 ——どこかに、水はないのかな。川は……。


 耳を済ませてみたが、水の音は聞こえない。


 僕はまた歩き始めた。


 丈の長い草が揺れると、どうしても気になる。野生動物や人ならざるものも恐ろしいが、こんな場所で生きている人間に出会すのも恐ろしい。夜の山の中で何をしていたのだろうか、と考えてしまうだろう。


 しばらく歩くと、大木が三本並んでいる場所に着いた。随分と大きな木だ。


 ——後ろに何かがいたら、どうしよう。


 息を殺して、静かに通り過ぎる。


 どうやら何もいないようだ。ホッとしながら歩いていると、下りの斜面になった。小石に足を取られながら、転ばないように下りる。


 そこから少し進むと今度は、僕の身長の三倍ほどはありそうな、大きな岩が見えた。上が尖っていて、三角に近い形の岩だ。


 横には、その半分ほどの大きさの岩がある。

 また岩の後ろが気になったが、ゆっくりと通り過ぎた。


 ——水……。水が欲しい。


 喉が乾いて張り付いている。


 雨水でもいいから、何とかして水を見つけたい。暗がりに目を凝らしながら歩いていると、急に湿った冷たい風を感じた。


 左側から、風を感じる。


 ——あっちに、水があるのかも。


 草をかき分けて進む。すると。


「うわっ!」

 ガクン、と身体が落ちた。


 ガラガラガラガラ


 目がまわる。

 痛い。

 身体中に硬いもの当たってくる。

 痛くて呼吸ができない。


 ズザァー……


 傾斜が緩やかになったところで、やっと止まることができた。


「いったぁ……」


 もうどこをぶつけたのか分からない。

 全身がズキズキと痛む。


「はぁ……」


 仰向けに寝転がって、周りを見まわした。


 真っ暗で何も見えないが、生き物の気配はしない。

 顔を上げると斜め上に、微かな光が見えた。


 斜めにあいた穴に落ちたようなので、照らし出されているのは、土の壁だろう。


 ぴちゃん…… ぴちゃっ ぴちゃん


 水滴が落ちるような音が聞こえた。


 ——ここには、水があるのか?


 音を聞くと、余計に喉が渇く。


 ぴちゃっ ぴちゃん…… ぴちゃっ


 立ち上がれないので四つん這いになって、水の音がする方へ進んだ。


「うぅっ……」


 身体を動かすと、脚や背中が酷く痛む。脚や背中を強くぶつけたのだろうか。骨は折れていないと思うけれど——。


 それは、今はどうでもいい。とにかく、水が飲みたい。


「あっ」


 右手が、冷たいものに触れた。


「水……水だ!」


 両手で水をすくって、口へ運んだ。


 冷たくて甘い。

 もしかすると汚れた水なのかも知れないが、そんなことは気にしていられない。もう喉が渇きすぎて、気が狂いそうなのだ。


 何度も何度も水を口に運んでは飲み込んで、落ち着いた時。ふと気が付いた。


 左手に、布が巻いてある。


 それに気が付くと、今度は左手がズキズキと痛み出した。


 焼けるような痛み。

 怪我をしているのだろうか。


 一度、布を外して確認したい。しかし、暗くて結び目を探すことができなかった。触っても、結び目らしきものはない。


「おかしいな……」


 手首を捻ったと同時に、身体が横に傾いた。




 バシャンッ!


 顔の右半分が温かい水に浸かって、目が覚めた。


「うわっ!」


 慌てて身体を起こす。


「ゲホッ! うぅ、びっくりしたぁ……」


 風呂の中で寝ていたようだ。どのくらい寝ていたのだろうか。長い夢だったので、完全に眠ってしまっていたような気がする。


「風呂の中で亡くなる人って、こんな感じで亡くなるんだろうな。気をつけないと……。それにしても今のって、夢……じゃなくて記憶か? たぶん、美奈さんに憑いている男の記憶……だよな」


 あの洞窟のような場所は、今朝起きる時に視た夢と、同じ場所のような気がする。寝転がって頭上に目をやると、斜め上に月の灯りが差し込んでいて、土の壁が見えた。


「うん。やっぱり同じだよな」


 洞窟に、あの男性が辿り着いた時の記憶なのだろう。

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