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第67話

「あぁ……。例えば、違う時期に別々の山で亡くなっているとか、同じ山でも反対側だと町名が違うから、気付かなかった。とかそういうことですか?」


「そうです。あとは、そもそも明るみになっていない事件があったとか、一ノ瀬さんが視た記憶がかなり昔のもので、記録が残っていない。とかですかね。そちらはちょっと調べようがないですけど……」


「お年寄りに、話を聞いてみても良いかも知れませんね。自分のお爺さんやお婆さんから、昔話で何かを聞いたことがないかって」


「それもいいですね。御伽話のように伝わっていたものが、実話だった。ということも実際にありますから」


 ネット上を探しても見つけられない情報は、誰かに訊くのが一番だ。ただ、そこまでやると、絶対に今日中には終わらない。


「一ノ瀬さんは、もう動けますか?」


「あっ、はい。行けます」


「では、また黒い人影が出る空間を通らないといけないので……走りましょうか」


「はい……」


 目だけが視える黒い人影を避けるのは不可能だ。僕たちは、霊気が濃い空間に入った瞬間に走り出し、空間を抜けたあとは、歩いて来た道を戻った——。




「やっと着いた……! 山登りを趣味にしている人の気持ちが、私には理解できませんよ。こんなに疲れるのに、どうしてわざわざ登ろうと思うのか」


 車に戻り、運転席に座った御澄宮司は、大きく息を吸って、一気に吐き出した。


 目を瞑って、シートの背もたれに身体を預けているので、相当疲れているのだろう。僕も、もう一歩も動きたくない。歩きづらい山の中を歩きまわったり、走ったりしたせいで、脚がパンパンだ。


「たぶん、景色を楽しんだり、達成感が得られるからなんだと思うんですけど、僕も登りたいとは思わないですね。今日の体験で、余計にそう思うようになりました……」


「私もです……」


 車の中に沈黙が流れた。


 ——本当に、疲れたなぁ。


 高級車のシートは座り心地が良くて、目を閉じていると、眠ってしまいそうになる。いつの間にか、うとうとして、首がガクンと沈んだ時。


「このままでは眠くなりそうですね。行きましょう」


 御澄宮司が身体を起こして、車のエンジンをかけた。


「次は総合公園ですね。……クローバーはどこにあるんでしたっけ。一ノ瀬さんは覚えていますか?」


「玲央くんは、木のソリで遊ぶところって言っていましたよ。丘になっている場所があるんじゃないでしょうか」


「丘ですか……。あのパンフレット、貰っておけばよかったですね。あまり歩きまわりたくはないんですよ、すでに脚が痛いので」


「僕も歩けそうにないです……。木のソリで遊べる場所は、ホームページとかに載っていると思うので、総合公園に着くまでに調べておきますね」


 ぼぅっとしていると寝てしまいそうなので、ちょうど良い。


「では、お願いします」


 眠そうな目つきをした御澄宮司は、車を発進させた。




 山里家から三十分ほどで、教えてもらった総合公園に着いた。


 家族連れが多い。入ってすぐの場所には、野球ができそうな広さの広場と、遊具がたくさんある。祝日なので、ほとんどが小さな子供を連れた家族連れだ。


「御澄宮司。ソリで遊べる丘は、一番奥にあるみたいですよ?」


「奥ですかぁ……。ここから全く見えないということは、結構歩くということですよね?」


「ホームページで見たんですけど、本当に広いんですよ、この公園……。手前は、小さな子供が遊ぶような遊具と広場があって、向こうにはテニスコートとか、広い花畑があるみたいなんです。それから山側にはアスレチック場があって、ソリで遊べる丘も、そのアスレチック場の中にあるらしいですよ」


「へぇ。子供達にとっては天国のような場所ですね。一日中遊べるじゃないですか」


「そうですね、子供は楽しいと思います。親はどうか、分かりませんけど……。まぁ、小学校の遠足で来るのには、すごく良いと思いますよ。山を利用した遊具が、五十以上あるって書いてありましたから。まわるのも時間がかかるでしょうし、お弁当を食べる場所も、たくさんありますし、良いですよね。地元には、こういう場所はなかったので、羨ましいです」


「私も休みの日は、霊力を使う訓練だったので、こういった場所で遊んだ記憶はないんですよ。あ。もしかして紅凛さんも、たまには遊びたいと思っているのでしょうか」


「あはは。そうですね、ここへ連れてきたら、喜ぶと思いますよ」


「なるほど。頑張った時には休みをやってくれと、教育係に行っておきましょう」


 ——なんだ。意外と優しいじゃないか。


「ストレスが溜まって、暴れられては困りますからね」


「あ、そっちの心配ですか……」


 なんとなく分かる気もするけれど。紅凛はいつも、元気を通り越して、力が有り余って仕方がない、という感じだ。


 ——霊力が強い紅凛ちゃんが暴れたら、どうなるんだろう?


 周りの霊体が全て消え去る、くらいのことは起こるのかも知れない。


「はぁ……。やると言ってしまったので、行くしかありませんね」


 御澄宮司が歩き出したので、僕も彼に着いて行った。




 広場を抜けて道なりに歩いて行くと、高い場所にある、丸太の橋を渡っている子供が見えた。


「ここがアスレチック場のようですね。ホームページを見た感じだと、山の中に入るんじゃなくて、ぐるっと向こう側にまわり込んだところにあるみたいですよ」


「それって……山の反対側ってことですか?」


 御澄宮司は目を細くした。眉根には力が入っているようだ。


 ——うん。歩きたくないですよね。


「反対側とまでは行かないですけど、あのカーブを曲がった辺りですかね? ちょうど、ここからでは見えないんだと思います」


「そうですか……。では、そちらへまわってみましょう」


 嫌そうな顔をしながら、御澄宮司は歩き出した。


 子供たちは木製の遊具で楽しそうに遊び、大人はその光景を携帯電話のカメラで撮っている。その光景を微笑ましく感じながら、僕たちは丘へ向かった。


「わぁー!」

「キャー、どいてー!」

「あははははっ」


 山裾に沿って歩いていると、子供たちの笑い声が聞こえてきた。


「あっ。そんなに遠くなさそうですね」


「えぇ、本当に良かったです。カーブを曲がったら遙か彼方に子供たちが見える。そんな光景が、何度も頭に浮かんでいましたから。一ノ瀬さんは、もし遠かったらどうしてました?」


「うーん……。考えると嫌になりそうなので、思考を停止させて、脚を動かしますかね……」


「ははっ。そうするしかないですよねぇ」


 話をしながらカーブを曲がると、緩やかな傾斜を、大勢の子供たちがソリで滑り下りているのが見えた。とても楽しそうだが——。


「結構、人が多いですね。こんなところに、禍々しい霊気が溜まっている場所があるなんて、ちょっと信じられないんですけど……」


「私もそう思いますよ。子供たちが集まる場所に、呪いに似たものがある、というのが恐ろしいですよね。気付かないうちに、どんどん広がって行ってしまうんですから」


「僕たちは霊気の色が視えるけど、他の人たちは視えないですもんね。子供たちだって何も知らずに、四葉のクローバーを摘んでしまったわけですし……」


「そう。防ぎようがないから恐ろしいんです。しかし、思った以上に人が多い……。これは早急に、祓う手筈を整えた方が良さそうですね」


 そうしてもらえるとありがたい。四葉のクローバーだけが原因なら、解決するのは簡単なはずだ。四葉のクローバーや、その周辺にある霊気を祓うだけで良いのだから。




 二人で小高い場所に登る。

 すると、急に背筋が寒くなるような、嫌な霊気を感じた——。


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