「何か視えましたか?」
目を開けると、御澄宮司が横に座っていた。
「うーん……。なんて言ったら良いか……」
「難しい顔をしていますね」
「そうですね……。とりあえず、来る途中の墓は、この男が作ったものみたいです。前に視た記憶には、他の人は出て来なかったので、もしかしたら、一人で作っていたのかも知れません」
「それは……。かなり悲惨な状況だったでしょうね。あの数の墓を作るとなると、相当な時間がかかると思いますが、遺体は数日で腐ってきますし……」
「そうですね。もう疲れた、というようなことも言っていました。それで、二人はクローバーがあった辺りで出会ったみたいなんですよね」
「ん? 出会った、とは?」
「あぁ、美奈さんは、この男のことが視えたんですよ。会話もしていました」
「へぇ。美奈さんは霊力を持っているわけではないので、波長が合ってしまいましたかね」
「そうだと思います」
「たまにそういうことがあるんですよねぇ。それで、一ノ瀬さんはなんで唸っていたんですか?」
「いやぁ……。会話は成り立っているんですけど、絶妙にずれていて……。男は別に取り憑こうとしたわけではなくて、人恋しさで人間のそばに行っただけだと思うんです。でも偶然、美奈さんは男の姿が視えたので『疲れた』と言う男を心配して『話を聞いてあげる』と言ってしまって。しかも、疲れたと言う男の話を聞くために『しばらく』一緒にいると言ったのを、男は『ずっと』一緒にいると、勘違いしたような感じだったんですよね……」
「なるほど。まぁ大体そんな風な、些細な出来事のせいで取り憑かれるものなんですよね」
「もう……なんとも言えない感じでした。どちらが悪いとも言えないような……」
「そうですねぇ。でも、困りましたね。死霊の言葉に反応して、尚且つ『話を聞く』『一緒にいる』と答えてしまっている。分かりやすく言うと、契約が成立しているような形になっているんですよね」
「ただ取り憑くよりも、結び付きが強くなっている、ということですか?」
「その通りです。祓った後に、美奈さんがどうなるか……。それが少し、心配ですね」
——祓う……。そうだよな。祓わなきゃいけないんだよな……。
『死霊に感情移入してはいけない』御澄宮司によく言われることだ。それは分かっている。けれど、美奈さんに取り憑いている男は、大勢の死者を弔って死んだ、心優しい人物だ。できれば消さずに、成仏させてあげたい。
——こういうところが、ダメなんだろうな。
僕は、人ならざるものたちの姿を視てしまうと、どうしても『仕方ない』と割り切ることができない。
「あのぅ、御澄宮司」
「……なんです?」
まだ何も言っていないのに、なんとなく呆れているような顔に見える。
「ここの霊気を、このままにしておくのは、やっぱり良くないんですよね?」
「美奈さんに憑いている霊気を祓っただけでは、またここの霊気に呼ばれる可能性が高いですからね。先にこちらを祓っておく必要があります」
「そうですよね。でも……祓うのではなくて、成仏させてあげられないかなぁって……」
僕が言うと御澄宮司は、はぁっ、とため息をついた。
「一ノ瀬さん……。山里家で、この男に敵意を向けられていたのを忘れたんですか? 怖がっていたじゃないですか」
「それは、そうなんですけど……。でもこの人は、自分の命が尽きるまで、たくさんの人の墓を作ってあげた、優しい人なんですよ。美奈さんのことだって、この人が悪いとも言えないと思うので、できれば、成仏させてあげたいです」
「……」
御澄宮司は、苦いものを噛み潰した時のような顔をしている。
——もう一押しいるかな?
「美奈さんだって、それを望んでいると思うんです。この人のことを心配して、話を聞いてあげようとしたんですから!」
「……うーん」
彼は目を瞑って上を向き、その後で、ガックリと項垂れた。
「はぁ……。分かりました。でも、この洞窟の中にある霊気は、祓うしかありません。そもそも、私と一ノ瀬さんでは、祓うことはできても、成仏させることはできないでしょう?」
「あ……」
「この場所にある霊気は祓って、美奈さんの中にある霊気は、紅凛さんに鎮めてもらう。それならできると思います」
「なるほど。それなら……」
「納得しましたか?」
「あ、はい」
「では、そうしましょう。まったく……。前にも言いましたけど、死霊に感情移入をすると、碌なことにならないんですからね? 害のないものは放っておいても良いですけど、生きているものに害を成す死霊は祓う。ただそれだけです。良いですね?」
「はい、分かりました」
——あぁ、良かった。あの様子だと、男を祓ったなんて聞いたら、美奈さんが悲しみそうな気がするし……。
「御澄宮司。そういえば、山に漂っている霊気は、どうするんですか?」
「それも、先程からずっと考えていたのですが、滝の上から見た感じでは、六つの山に霊気が漂っている状態だと思うんです。そんな広い範囲の霊気を祓うのは相当骨が折れますし、封印するのも難しいですからね。それに、行政が費用を払うとは思えないので、おそらく、山に入らないように働きかけるだけになると思います」
「まぁ、総合公園ができるまでは、被害が出なかったんですから、山に入らなければ良いんですよね」
「そういうことです。それから、この場所にある、男の霊気ですが——。苦しめたくないのであれば、一ノ瀬さんが祓ったらどうです?」
「えっ、僕ですか⁉︎」
「もう何度も見ていると思いますが、紫鬼に斬らせたり、札を使うと、死霊が暴れるでしょう? あれはやはり、苦しむことになるから暴れるんだと思うんですよ。でも、一ノ瀬さんに渡している呪具なら、光るのと同時に霊気を祓えるので、あまり苦しまないはずです。しかも今、数珠の中にあるのは、ほとんどが紅凛さんの霊力でしょうから、気休めですけど、あの男の魂も少しは鎮まるような気がしませんか?」
「……たしかに……」
「今は昼間で、霊気も弱くなっていますし、やってみたらどうでしょうか」
御澄宮司が言う通り、祓わなければならないのなら、苦しまないように祓ってあげたい。本当に僕にできるのか。そこは少し不安だが——。
「分かりました、やってみます」
僕が頷くと、御澄宮司は、にっこりと微笑んだ。