「訓練の時に、札を使って祓うのを見たんだけど、その時に、札や呪具の刀みたいな強い力を持ったもので祓うと、苦しむって聞いたの。でも、蒼汰くんが持ってる呪具の数珠は、強い力をぶつけて消すんじゃなくて、浄化に近い力があるから、少し違うものなんだって聞いたよ」
「そうなんだ? 僕は、霊力を溜めることができて、霊を祓うこともできるから、ってことくらいしか聞いたことがないんだけど……。あと光った時に、一瞬で霊を祓うことができるから、苦しまないだろうっていうのは、今日聞いたんだよね」
どうして呪具の数珠を渡されている僕よりも、紅凛ちゃんの方が詳しく聞いているのだろうか。
「あぁ、聞いてないんだ。蒼汰くんが持ってる呪具って、珍しい呪具だし、実はすごい力があるから、高価なものなんだって言ってたよ」
「えっ、うそ! これって、高いの⁉︎ 数珠なのに⁉︎」
「うん、神社の人たちがそう言ってた。『お気に入りだから、あんな高価なものを渡したんだね』って」
「は? なんで、誰も教えてくれなかったの……? 神社の人たちには、何回も会ってるんだけど……?」
「そりゃあ他の人たちは、あのおじさんがすることには何も言わないもん。蒼汰くんもあの人のお気に入りだから、言わなかったんじゃない? まぁ、私は関係ないけどね」
呪具の値段は分からないけれど、何も知らずに、とんでもないものを持たされていたようだ。
「えっ、どうしよう……。ずっと手につけておけって言われてるから、たぶん、返せないよね……?」
「そうだろうね。それに私も、ソレはつけておいた方が良いと思うよ。蒼汰くんは取り憑かれやすいから、心配だもん」
「う、うん……。じゃあ、ぶつけたりしないように……気をつける……」
風呂に入る時などに放り投げていたことを思い出して、思わず唾を、ごくりと飲み込んだ。
「でも明日から学校なんだけど、いつ依頼主さんの家に行くんだろうね?」
「それは僕もまだ聞いてないんだ。美奈さんはもう限界に近いから、早く終わらせてあげないといけないはずなんだけど」
「蒼汰くんもお休みは終わりで、明日から会社に行くんだよね?」
「そうなんだよ。どうすればいいんだろう……?」
二人で話をしていると、御澄宮司が客間に入って来た。
「もう紅凛さんにも話したんですか?」
「はい、大体のことは。紅凛ちゃんも手伝ってくれるそうです」
「良かったですね。それで、山里さんの家に行くのは、明日の朝にしようと思うんですよ。今から行って準備をすると、霊気が強くなる時間になるので、今日はやめておいた方がいいかと」
「あぁ、なるほど……。あのギョロギョロと動く目玉が、出て来てしまいますもんね……」
「さすがにあの状態では、成仏させるのは難しいですから、霊気が弱くなる昼間にやろうと思います」
「あっ。でも、美奈さんは大丈夫なんですか? 洞窟の霊気は祓ったので、どうなるのかなぁと思って……」
「身体の中に霊気が残っているので、何もしなければ、夜になるとまた外へ出て行くでしょうね。ですから、美奈さんには申し訳ないのですが、無理矢理にでも部屋にいてもらうことにしました」
「他の人が、美奈さんのところへ行ったんですか?」
「えぇ、そうです。私は脚が痛くて、もう動けそうにないので、行ってもらったんですよ」
ははっ、と御澄宮司は力なく笑った。
たしかに僕も、これ以上は動けない。少しの段差でも躓きそうになる程、脚が重いのだ。身体もだるくて、今風呂に入ったら、絶対に寝てしまう気がする。
「ねぇ、私は何をすればいいの? 今回は巫女舞じゃないんだよね?」
紅凛が御澄宮司を見た。
「普通の現場なら死霊を鎮めるだけで良いのですが、今回はかなり禍々しい霊気を放っていますからね。玉串を使って、清める感じの方が良いと思います」
「あぁ、葉っぱのやつ?」
「葉っぱ……榊、ですね」
「知ってるけど! 別に分かるから良いんだもん」
「知っているのなら『葉っぱ』はやめて欲しいんですけどね。教育を怠っていると思われたら、どうするんです?」
紅凛と御澄宮司は、無言でお互いを見ている。二人とも、今にもチッと舌打ちをしそうな表情だ。
——もう……。なんでこの二人は、仲良くできないんだろう……。
僕がため息をついたのと同時に、御澄宮司が口を開いた。
「あぁ、そうそう。紅凛さんが学校を休むことはもう白榮さんに言ってありますし、一ノ瀬さんの方は信子さんに連絡を入れましたから。『しっかり学んできなさい』と言っておられましたよ」
「えっ? 霊媒師の仕事を学んで来いってことですか……?」
「そういうことでしょう。社長が許可しているんですから、気兼ねなく学べますね。信子さんが理解のある人で良かったです。今日は一人で霊気を祓うこともできましたし、順調ですねぇ」
御澄宮司は、にっこりと微笑む。
——順調って言葉が、なんか引っかかるな……。
「あのぅ、僕は霊媒師じゃな——」
「明日もよろしくお願いしますね。では、私は準備がありますので」
彼は早口で言うと、客間を出て行った。
——わざわざ言葉を遮らなくても良いのに……。御澄宮司は、なんでそんなに僕を霊媒師にしたがるんだろう。
御澄神社は儲かっているようなので、働きたい人も集まって来そうな気がするが、意外と人手不足なのだろうか。
「紅凛ちゃん。巻き込んじゃって悪いけど、明日はよろしくね」
「うん、任せて!」
——八歳なのに、なんて頼りになる子なんだろう。でも明日は、あの山里さんの家なんだよな……。
どうしても、山里家を訪れた時の恐怖が頭から離れない。美奈に憑いている禍々しい霊気は、僕を敵視しているのだ。攻撃される可能性もある。
——紅凛ちゃんと御澄宮司は、僕とは比べ物にならないほど強い霊力を持っているんだから、大丈夫。大丈夫、大丈夫……。
僕は何度も自分に、そう言い聞かせた——。