611. 後輩ちゃんは『負けたくない』そうです
今日から12月。今年も残り1ヶ月か……早いもんだよな。今月はクリスマス企画やら『すたライ』の収録とそのためのボイトレ、ダンスレッスン。あとは『ルート47』の外ロケなどなど、やらなきゃいけないことが山積みだな……
もちろん『双葉かのん』のマネージャー業もやらなきゃいけない。でもまぁ……この1ヶ月は、今まで以上に大変になりそうだな。頑張らないと。
そんなことを考えながら、今日は自宅のリビングで彩芽ちゃんと共に作業をしているのだが……
「はぁ……」
……まただ。今日何回目だろうか、オレの目の前にいる彩芽ちゃんから深いため息が漏れる。オレはパソコンで作業する手を止めて、彩芽ちゃんに話しかける。
「あのさ彩芽ちゃん。今日ため息多くない?」
「え。そうです……か?」
「うん……なんかあったの?」
「いえ……特には……はい……」
明らかに何かあったような雰囲気を醸し出す彩芽ちゃんだが、それ以上は何も言わない。でもな……そんなあからさまに落ち込んでいる姿を見せられたら、さすがに気になるんだが……
もしかして誰かと喧嘩でもしたのかな?でも誰とだよ……朝比奈さんとか?いや昨日仲良さそうにディスコードで通話してたよな?それとも……オレが彩芽ちゃんと出掛けてないから愛想つかしてるとか?
「あのさ彩芽ちゃん……もしかしてオレ何かしちゃったかな?」
「え?」
「もしそうだったら謝るよ。だから教えて欲しい」
「……颯太さんは関係ないです」
「でもさ、明らかにため息多いし、落ち込んでいるよね?」
オレがそう言うと彩芽ちゃんは少し考えた後、しぶしぶ口を開く。
「実は……最近チャンネル登録者の伸びが悪くて……はい」
「え?そうかな?確かに『ましのん』を組んだときのような爆発的な伸びはないけど……でも少しずつ増えてるよ?」
「あとは……私的には面白いと思ってるんですけど、その配信も視聴数が伸びなくて……はい」
「そっか……」
オレ的にはチャンネル登録者は増えてると思うんだけどな。でも彩芽ちゃんの納得行く伸びじゃないのだろう。
「アナリティクスは確認した?」
「はい……」
アナリティクスとは、チャンネル登録者数、視聴回数、動画再生時間などのデータを確認することが出来るもの。簡単に言うと自分のチャンネルがどうなのか知るためのモノで、オレたちVtuberには無くてはならないモノだ。
動画の視聴年齢層や性別、どの時間によく見られているかなどを見ることができる。あとチャンネルの視聴者層の平均年齢なども見られるから、今後企画を考えていくときに参考にできる。
「まぁオレもそういう時期はあったし、そこまで気にすることはないと思うよ。というか今までが『ましのん』効果で伸びすぎたのかもねw」
「そうですね……」
「チャンネル登録者は減ってはいないから大丈夫。でももし伸ばしたいなら……酷かも知れないけど、『ましのん』での爆発的な伸びはもう期待できないよ。厳しいかもしれないけど、正直もう『ましのん』に目新しさはない。他のものを探さないと」
「目新しいもの……」
流行りはいつもすぐに変わる。それがVtuberの世界だから。もちろん『ましのん』のファンはいる。だからそのファンを大切にしながら、新しいものを作っていかなきゃいけない。
とはいえ……これはあくまでオレの考えだ。彩芽ちゃんには彩芽ちゃんの考え方があるだろうし……いきなりこんなことを言われても戸惑うよな。
自分で言っておいてなんだが……大丈夫かな?オレは彩芽ちゃんを見る。すると、彼女はゆっくりとオレの方を向いた。その瞳は初めてオレにVtuberになった理由を話してくれた時のように、しっかりとした強い意志が宿っているように見えた。
「私……負けたく……ないんです」
「え?」
「……同期のみんなは色々変わっています……でも私は何も変わってないんです。ずっとましろん先輩に頼りっぱなしで……でも!私は絶対に負けたくないんです。だから……」
その言葉にオレは驚く。まさかそんなことを考えていたなんて……そしてその力強い目は、まさに『双葉かのん』としての意志が宿っている。それに頼りっぱなしと言っているけど、そんなことはない。彼女も3年目だ、もう立派なVtuber『双葉かのん』として配信で活躍している。『同期に負けたくない』オレは彼女のその意志をしっかりと受け止めて、言葉をかける。
「分かった。じゃあこれからどうするか考えよう。オレは双葉かのんのマネージャーだからさ?」
「……はい!ありがとうございます!」
「そうと決まれば何か食べながら話そうか」
「私……お寿司……海老と玉子食べたいです」
「うん。久しぶりに出前でもとろうか」
先ほどとは打って変わって、明るい笑顔を見せる彩芽ちゃん。初めて見た彩芽ちゃんの姿にオレも自然と笑みが溢れていた。