「そうですね。でも残り三週間もある訳ですから。そういう訳なので鈴さん、今年は初めての年越しと正月をしましょうか。大正に入ってから正月は随分様変わりをしましたし」
にこやかにそんな事を言う千尋に鈴は青ざめて首を振った。
「い、いいえ! いけません! 千尋さまの帰りを待ってらっしゃる方たちがいるのに、それはいけません! 私が言ったことはどうか忘れてください!」
千尋は100年に一ヶ月しか龍の都に帰る事が出来ないのに、そんな千尋を鈴のただのワガママで引き止める訳にはいかない。何よりもあちらで千尋の帰りを待っているであろう恋人の初が可哀想だ。
鈴が全力で抗議をすると、千尋は少しだけ肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「私は元々友人が少ないのでさほど待っている人も居ませんが」
「いいえ! 初さんが居ます!」
「ああ、初の事を気にしてくれるのですか?」
「当然です。私にはまだ恋というものはよく分かりませんが、恋愛小説を読んでいると、恋人と言うのは一時足りとも離れてはいられないそうなのです。いくら龍の寿命が長くとも、100年は長すぎます……」
そう言って視線を伏せた鈴に雅が隣から猫のまま呆れたような顔を鈴に向けてくる。
「あんたはそれでいいのかい? もっとうこうさ、何かないのかい?」
「何か、とは何でしょう?」
雅の言葉にキョトンとして鈴が言うと、雅は呆れたように器用に肩を竦める。
「確かに100年は長いですね。分かりました。今回は鈴さんの言う通り、予定通りにあちらに戻りましょう。雅、私が居なくても大晦日と正月をしてやってくれますか?」
「もちろんだよ。せっかく日本に来たんだ。日本の行事はしっかり網羅しときな。そうと決まれば明日にでも買い出しに行かないと!」
「買い出しですか? 大晦日とお正月は何か準備が必要なのですか?」
佐伯家では正月だけは外から料理人を呼んでいた。つまり、正月には何かご馳走が出るのだろう。鈴の言葉に雅は笑顔で頷く。
「ああ、そうだよ。正月の過ごし方は千尋も言ってたみたいに大分変わったんだよ。最近の正月はお祭りみたいであたしは好きだね」
「昔はどちらかと言うと豊穣がメインでしたからね。鈴さん、おせち料理や初詣なんかも楽しんで来てくださいね」
「はい!」
話を聞くだけでも既にワクワクしている鈴を見て千尋は目を細めて頷いた。