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第66話

「あたしはともかくって何だい!?」


 すぐさまそんな風に噛み付いてくる雅に目を細めながら千尋は鈴に一枚の紙を渡した。


「鈴さんにはこれを渡しておきますね」

「これは何ですか? 地図?」

「ええ。ここらへんで初詣が出来る神社です。きっと楽しいですよ。是非行ってみてください」

「はい」


 千尋の言葉に鈴は笑って頷くと、その地図を大切そうにポケットに仕舞う。


「明日は早朝にここを出ます。前後に雨と雷が激しくなると思うので、いつもの如く見送りはいりません」

「えっ! では、部屋からお見送りするのは構いませんか?」

「それはもちろんですが、見送ってくれるのですか? 早朝と言ってもほぼ深夜ですよ?」

「そうだよ、鈴。あんたがまだぐっすり寝てるような時間だよ?」

「そうなのですか? でもどのみち雷で目が覚めると思うので、やっぱり部屋からお見送りします」

「そうですか? ありがとうございます。ですが、とてもうるさいと思うので耳栓はしておいてくださいね」

「はい!」


 鈴はしっかりと頷いて笑顔を浮かべるが、その顔はどこか寂しそうだ。


「すぐに戻ります。たったの一ヶ月ですよ」

「!」


 「どうして分かったのだ!」と言わんばかりの鈴に千尋は思わず笑ってしまった。 


 こんな風に誰かが自分を見送り、帰りを待っていてくれるというのはとても嬉しい事だ。


 千尋はそれから少しだけ眠って都へ戻る準備をしている最中にふと思った。


「そうだ、鈴さんに力を少し多目に流しておかなければ」


 明日から一ヶ月もの間ここを離れるのだ。少しでも鈴の体の負担は和らげておきたい。


 思い立ったら吉日だと千尋は部屋を出て、そのまま真っ直ぐに鈴の部屋に向かう。


「鈴さん、居ますか?」


 千尋が部屋をノックして問いかけると、扉が静かに開いた。


 そっと中から顔を出した鈴は、目を赤くして鼻をすすっている。そんな鈴を見て千尋はギョッとした。


「泣いていたのですか?」


 頬に涙の跡がついていたので思わず尋ねると、鈴は胸に抱えていた一冊の本を掲げた。


 昼食の準備をし終えて自由時間だった鈴は、どうやら本を読んでいたらしい。


「これ……ずっと一緒だった妹が亡くなるんです……せっかくSの関係になったのに……」

「本で泣いていたのですね……それで、Sというのは?」

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