「あそこも酷い有様でしたもんね。そろそろ自分も気になってたんです」
「そうですか! では明日、私はお社のお掃除をしてきますね!」
何だかワクワクした気持ちで鈴が言うと、雅も喜兵衛も喜んでくれた。
これから一ヶ月、千尋が居ない日々がやってくる。その間に少しでも神森家の為に尽くしたかった。
翌日、鈴は朝から掃除道具を携えて、弥七に案内してもらいながら森の中を進んだ。
「大丈夫か? やっぱり俺も手伝おうか」
「大丈夫ですよ! 道はちゃんと舗装されていますし、もしも迷子になったら大声で助けを呼びます」
そう言って鈴が笑うと、弥七は苦笑いして頷いた。
「今日は森の近くの植物の手入れをする。しっかり聞こえるだろうから安心して作業してくれ」
「はい! ありがとうございます」
鈴がもう一度頭を下げて弥七と共に森を進んで行くと、目の前に大きな木が現れた。
「凄く立派な木ですね!」
「ああ。これは千尋さまがこの地に降りてきた時に一番に植えた木なんだ。樹齢はもう物凄い事になってると思うぞ」
「千尋さまが降りてこられた時ですか……長生きされているのですねぇ」
「長生き、な。ああそうだな。こいつは色んな事をここで見てきたんだろうな」
弥七が木の幹を撫でると、木の葉が一斉に揺れた。風のせいだとは思うが、何だか鈴にはそれが木の意思のように思えてならなかった。
「ほら、あれがそうだ」
弥七が指さした先には、雅の言う通り本当に小さな祠が寂しそうにポツンと建っていた。
鈴は弥七と別れて祠に近づくと、その前にしゃがみこんで手を合わせる。
「長い間ご苦労さまです。少し中を開けさせてくださいね」
ここに千尋は居ないのでこの祠に神が居るわけではないけれど、何となくとても神聖な場所のような気がして鈴は祠に向かって話しかけると、小さな祠の扉を開いた。
扉を開けるとそこにはそこそこ大きな金色の袋が台座の上にポツンと置いてあった。その台座の側には朽ち果ててボロボロに崩れた木が散乱している。
「これが御神体だったのかな……やっぱり雅さんの言う通りだったんだ」
鈴はそれをそっと持ってきていた桐で出来た箱に収めると、手を合わせる。
ここへ来る前、雅に掃除道具の他に何か持っていった方が良いか聞いた所、雅は迷わず桐の箱と大工道具と答えた。
元々この御神体は木の箱に入っていたそうだが、長い年月を誰も手入れしなかった為に、流石の箱も朽ち果ててしまっていたようだ。
鈴はそれをそっと持ってきていた風呂敷の上に置いて、まずは祠の中を掃除し始めた。
「中は無事で良かった……」
祠の外側は雨ざらしで放ったらかしになっていたからか、既にあちこち木が腐っている所も見られたが、幸いなことに中は無事だ。
丁寧に汚れを落として木を拭き上げると、少しずつ祠が元の姿を取り戻していく。
綺麗に中を拭き終えたら次は台座だ。石で出来た台座は一見綺麗に見えたが、それを更に細かいやすりで丁寧に削った。
すると台座はピカピカと輝きだし、思わず鈴は微笑んでしまう。
「千尋さまの依代が乗ってるんだもんね。綺麗にしておかないと」
その後も無心で祠のあちこちを磨き続け、外側の傷んでいた箇所には新しい木をあてがってやった。佐伯家で多少の雨漏りであれば鈴が修理していたので、これぐらいは出来る。
こうなってくると全て新しくしてしまいたい衝動に駆られるが、長年祠として使われて来た木を粗末にするのも嫌だ。
「色はどうしよう……朱色にしたいけど難しいかな……戻ったら弥七さんに相談してみよう」
生木のままではまたすぐに傷んでしまう。防腐加工は必須だ。
最後に鈴は御神体を元の位置に戻してお酒を撒いて塩を盛ると、その前にお供物として持ってきた小さなおにぎりを置いた。
「お待たせしました。新しいお家はどうですか? 屋根は修理しましたが、少し歪になってしまいました。申し訳ありません。今度は色を塗りに来ますね。どうか、千尋さまが無事に戻って来られますように」
そこまで言って鈴はふと考えた。千尋は龍の都に戻る方が良いのではないのか、と。それに気づいた鈴は慌ててもう一度手を合わせる。
「厚かましくて申し訳ありません、もう一つお願いです。どうか千尋さまが一日も早く地上でのお役目を終える事が出来ますよう、幸せになる事が出来ますよう、あの方をお導きください」
千尋の依代に千尋の事を守ってくれと願うのも変な話だが、何もしないよりはきっといいだろう。こんな事、他の社の神々には祈れない。
「これから毎年、初詣はここへお参りにやってきます」