そう言えば、鈴の誕生日はいつなのだろうか? 帰ったら聞いてみよう。
「千尋? どうかしたの?」
「え? ああ、いえ、何でもありません。少し考え事です」
「目の前に久しぶりに会った番が居るってのに考え事とはね! お前はやっぱり千尋だな!」
「息吹、それは褒めてないよ。初、いいじゃない。似合ってるよ」
「ありがとう、流星。どうかしら? 千尋」
初は嬉しそうに贈った簪を髪にさして微笑む。その笑顔を見て千尋は頷く。
「ええ、とてもお似合いです。それは今、街で一番流行っている簪だそうですよ」
「人間の街で流行っているの? いつの間にか人間はこんなお洒落をするようになっていたのね」
「ええ。人間も時代と共にちゃんと進化をしています。これからもっと発展するのでしょうね」
そんな事を言って目を細めた千尋に流星が不思議そうに言う。
「あれ? 千尋くん、そんなに人間思いだった?」
「何か千尋、雰囲気変わったか?」
「そうですか? 私だって流石に守護する種族の事は最低限心を砕いていますよ、いつも」
古くからの友人たちはいつだって千尋に言いたい放題だ。
けれど、言われた通り千尋は少し変わった。全ては鈴が屋敷にやってきてからだ。
「千尋は優しいのよ、二人共。そんな風に言わないで」
「ああ、悪い悪い! ところでこれ、何なんだ?」
頬を膨らませた初を見て息吹は話の流れを変えようとしたのか、強引に話題を変えた。
「ああ、それは腕時計と言います。外で時間を見るのに便利だそうですよ」
「へぇ、ありがとな。あんま時間なんか気にしたことないけど」
「千尋くんは時間を気にするようになったの?」
不思議そうに流星が腕時計を嵌めながら言うので、千尋はコクリと頷いた。
「ええ。とは言っても最近の話ですが」
「そうなの? 変な千尋。私達に時間なんてあってないような物なのに」
「そうなんですが、生活のリズムという物を作ると効率が良いということに気づいてしまったのですよ」
そう、何をするにも時間で区切ると効率が良い。鈴を見ていると余計にそう思う。特に食事を共にするようになって、気づけば千尋も自然に一日の時間を区切るようになっていた。
「へぇ、面白い考え方。時間を気にするなんて人間だけだと思ってた」
「私もそうだったんですけどね、新しく来た花嫁の方がそれはもう働き者なのですよ。彼女を見ていると、自然とそれに倣うようになってしまいました」
そう言って困ったように笑った千尋を見て流星と息吹は驚いていたが、初だけは顔を顰める。
「どうして? あなたがその人に合わせる必要は無いでしょ?」
「そうですね。ですが成り行きでその方と食事を共にするようになってからは、それに合わせて行動する事が多くなったのですよ」
「食事を共に? 人間と?」
「ええ。人間だからと侮るのは間違いだったと毎日思い知らされています」
元々千尋も初のように人間という種族に大して興味も無かったが、最近はそうは思わない。
たった一ヶ月と少しほどしか居ない少女一人にここまで自分の価値観を揺さぶられるとは思ってもいなかった。
いつもの調子でそんな事を言った千尋を見て部屋の中が静まり返る。
「やっぱり千尋くんは変わった気がする。この100年に一体何が?」
「いいんじゃないか? やっと千尋も進化したんだな! その調子で他の情緒も学べよ!」
「失礼な。私にだって情緒はありますよ。少し人より薄いかもしれませんが」
「薄いなんてものじゃないでしょ、君は。いつもニコニコして感情出さないし、息吹を見習いなよ」
「おい、それは私がまるで感情ダダ漏れみたいじゃないか」
「その通りじゃない?」
二人のやりとりは100年前から何も変わらない。この二人はずっと昔からこの調子だ。それでも上手くいっているのだから不思議なものである。
そんな中、初が目に涙を浮かべて上目遣いでこちらを見てくる。
「初? どうかしましたか?」
「……新しい花嫁が見つかったの?」
「ええ、ようやく。すみません、報告が遅れてしまって」
毎回新しい花嫁が決まるたびに初に報告していたが、今回は色々ありすぎてすっかり報告が遅れてしまった。
千尋が謝ると初は少しだけ溜飲を下げたように大きなため息を落とす。
「やっぱり、千尋は地上に降りるべきじゃなかったのよ」
「何故?」
「だって、あなたには向いてないわ。見る度にやつれていくし、とても疲れてるように見えるもの。千尋はやっぱり城で法議長をしてる方が似合ってる。人間のお守りをするような人じゃないのよ、元々」
「そうですか?」