『鈴さん。体調はどうですか?』
「まだ大丈夫です。本当にありがとうございました」
『そうですか。それは良かったです。ところで、何か私に用事があったのでは?』
「あ、えっと……大した事ではないのですが」
『ええ』
「あの、この間、林の中の祠を掃除したのですが、その時に金色の袋をみつけたんです」
そこまで言うと、千尋は髪を解きながら嬉しそうに微笑む。
『ああ、掃除をしてくれたのですね。ありがとうございます。それで、金の袋を見つけた、と?』
「はい。あれはきっと千尋さまの依代だろうとは思ったのですが、その、中身が気になってしまって……でも、よく考えたらお守りの中身を覗いてはいけないのと同じで、きっと聞くのは失礼ですよね、こんな事」
お守りの中身は覗いてはいけない。そう言って幼い頃に母が持たせてくれたお守りは、今も大事に仕舞ってある。何度も好奇心に駆られそうになったが、その度に鈴はどうにか踏みとどまっている。
しょんぼりと俯いた鈴を見て、鏡の向こうから小さな笑い声が聞こえてきて、思わず鈴は顔を上げた。
『別に構いませんよ、開けても』
「えっ!? だ、駄目ですよ! 多分、駄目ですよね!?」
予想外の千尋の答えに思わず鈴が周りを見渡すと、三人は目を輝かせている。これは明日にでも開ける気満々だ。
『ふふ、本当に開けても良いですよ。そんな大層な物は入っていませんから。そもそもあれは別に私の依代ではないのです』
「え?」
『実は、社を建てる時に一般公開する時の為に形だけでも何かを作るべきだと宮司に言われまして、私は仕方なく龍の爪を入れたのですよ』
「つ、爪?」
『ええ。私達も生き物ですから爪は切らないと、どんどん伸びる訳です。だから切った爪を宮司に渡したのです』
それを聞いて雅が横からズイっと割り込んできた。
「ゴミじゃないか! あんた、そんなもんをあたし達に祀らせてたのか!」
そんな雅に千尋はさらにおかしそうに笑う。
『だから大した物じゃないって言ったんですよ。そんな訳なので鈴さん、袋は開けても構いませんよ』
「え、えっと……いや、でもやっぱり止めときます! だって、龍のお姿の時の爪なんですよね?」
『ええ』
「だとしたら、やっぱりとても貴重な物だと思うので!」
「いやゴミだよ、ただの。爪だよ? あんた、切った爪をわざわざ置いときゃしないだろ?」
「わ、私の爪は本当にゴミですが、千尋さまの爪は価値のあるゴミです!」
思わず断言した鈴の言葉に鏡の向こうの千尋はとうとう吹き出すが、そんな千尋に反して鈴は青ざめる。
『何ですか? 価値のあるゴミって』
「ゴ、ゴミじゃないです! 今のはえっと……失敗です」
『失言、ですね。いえ、いいんですよ。雅、鈴さんにとっては私の爪は価値のあるゴミなのだそうなので、どうか捨てないでくださいね』
「せっかく期待して鏡使ったのに。やっぱりお守りや御神体って呼ばれる物の中身は見たり聞いたりするもんじゃないね」
「雅さん! 私はワクワクしましたよ。だって、こんなに大きな袋だったんです。あんなおっきな爪だと思うと、ドキドキしてしまいます!」
思わず手を叩いた鈴を見て、千尋は柔らかく微笑んで言う。
『そんなに喜んでもらえるのなら、次に爪を切った時には鈴さんに差し上げましょうか?』
意地悪な顔をしてそんな事を言う千尋に、迷うこと無く鈴は頷いた。
「う、嬉しいです! 楽しみにしていますね!」
『え……あ、はい……』
「ははははは! 千尋、悔しいな? 散々迷って選んだどんなプレゼントよりも鈴はあんたの爪のが良いんだってさ!」
「え!? そ、そんな事はありませんよ!? プレゼントはどれもとても嬉しかったです!」
『いえ、いいんですよ。あなたが喜ぶ物を調べきれなかった私の落ち度です……けれど鈴さん、その、私の爪は本当にただのゴミなので。そんなに喜ぶような物ではありませんよ……?』
「ですが、龍神さまの体の一部だなんて、物凄いお守りになるような気がするのですが」
『いや~……どうでしょうね? それならばまだ鱗とかの方が……』
「鱗!」
「千尋、あんたそれ以上提案するんのは止めときな。鈴は多分何でも喜ぶよ」
雅の言葉に千尋は困ったように肩をすくめて笑った。
『そのようですね。ところで鈴さんは大晦日を楽しんでいますか?』
「はい、少し眠気が覚めたような気がします」
「鈴はついさっきまでここで船漕いでたんだよ。そりゃもう眠そうにさ」
「漕いでません!」
「ほとんど目が開いてなかった」
「開いてました!」
「そのうち机でおでこを打つんじゃないかとヒヤヒヤしました」
「う、打ちません!」