龍神にとっては理想のような考え方をする鈴だが、最近は少しだけそれを寂しいと思ってしまう事もある。
「鈴さん」
「ええ。次の花嫁の名前ですよ」
「可愛い名前。顔も可愛い?」
何故か興味津々の流星に千尋は無言で頷く。そんな千尋を見て流星は目を丸くした。
「可愛いんだ。人間なのに?」
「人間だろうが龍だろうが、美的感覚は変わりませんよ。むしろ私達の外見はとてもよく似ているじゃないですか」
「そりゃそうだ。他は何かないの? 鈴情報」
流星の言葉に思わず千尋は眉を顰めた。どうして流星が会った事もない鈴の名前を呼び捨てにするのだ。ふとそんな事を思ってしまったけれど、すぐにいつものように切り替える。
「他に、ですか? そうですね……鈴さんは歌がとてもお上手ですね。名前の通り、とても透明感のある声をしていますよ」
「透明感! 歌が上手なんだ」
「ええ。それから料理も上手ですね。特に洋食」
「洋食? それは外で食べるんでしょ?」
「いいえ? 外には洋食屋が沢山出来ていますよ、と言っただけです。あの場で鈴さんが作った物が好きだなんて言えますか?」
「あー……言えないね。お得意の空気読んだ訳だ。千尋くんらしいなぁ」
あの時の事を思い出して笑った流星に、千尋も思わず苦笑いを浮かべる。
「一応気にかけてんだね、初の事。でもさ、多分千尋くん、大して初の事好きじゃないよね? ていうか関心ないでしょ?」
「女性の中では好きな部類に入ると思います」
「女性の中では、ね。今回突然千尋くんが俺たちにお土産なんて買ってきたのは鈴のおかげかな?」
「よく分かりましたね。鈴さんと街に出かけた時に、ふと思い立ったんですよ。鈴さんはとにかく周りの人を大事にする人なので、私も少し真似をしてみようかと思いまして」
「なるほど。めちゃくちゃその子に影響受けてるね」
「そうですね。そういう意味ではとても影響を受けていますね。あの時も話しましたが、長年生きてきてようやく時間の概念を知りましたし」
「それも驚いたんだ。千尋くんがあんな風に言ってたからさ、息吹と真似してみたんだけど、確かに時間で区切った方が色々都合が良いね。時計、ありがとう」
「そうでしょう? 仕事の効率も上がりますし、日々を大切にしなければいけないと思うようになりましたよ。時間は限られていますからね」
特に鈴と過ごせる時間は本当に限られている。
「何にしても千尋くんにようやく興味のある事が出来て俺も嬉しいよ。ちっちゃい頃から君は淡白な子だったからなぁ!」
「そうでしたか?」
「うん。なんか達観してたでしょ? それは今もだけどさ。この際人間でも何でもいいよ、千尋くんが興味持てるんならさ」
「別に私にだって興味のある事はそれなりにありますよ。それが人に向かないと言うだけで」
「そうだよね。好奇心は割と旺盛なんだよ。でも引きこもりがちなんだよなぁ、君は。せっかく帰って来ても、こうやって無理やり会おうとしないと誘ってもくれないもんね」
「食事をしたじゃないですか。これでもう100年は大丈夫でしょう?」
「そういうとこだよ! あの時だって、他の刑があったのに何の躊躇いもなく勝手に龍神刑なんて見つけてきてそれ選んでさ。俺たちの立場って何なんだろうって思ったよ」
「それは本当に申し訳ない事をしたなと反省しているんですよ、これでも」
そう、とても反省している。誰の気持ちも考えず、自分なりのケジメをつける為だけに、ちょうど空いていた地上で龍神をするという一番重い刑を選んだのだ。
「でも鈴のおかげでそんな事言うようになったんなら、まぁ良い出会いだったんじゃないの?」
「そうですね。彼女は……私にとってはとても良い出会いだったのかもしれません。だから余計に……」
千尋はそこまで言って口を噤んだ。
だから余計に、こんな所でこんな不毛な会話をしている場合ではないのだ。少しでも長く鈴と居る為に、千尋はしなければならない事がある。
♥
1月3日。鈴はお昼すぎに喜兵衛と一緒に作ったおせち料理を食べて舌鼓を打っていた。
「この昆布締め美味しいです!」
「良かったです。ちょっと今回は味付けを変えてみたんですよ」
「あんた達まだ食べてんのかい? さっさと食べてすごろくしようよ!」
「すごろく。聞いた事あります!」
「面白いよ。早く食べな!」
「はい!」
そう言って鈴はやっぱり喜兵衛の料理に舌鼓を打ちながら遅めの昼食を取り、その後は雅達と正月によくする遊びを沢山した。
「はぁ……楽しかったです。お正月って、こんなにも楽しいんですね」