佐伯家でもお正月は沢山の親戚が集まっていてとても賑やかだった。鈴はそんな賑やかな声をいつまでも聞いていたくて、蔵のはしごを登ってどこが一番声がよく聞こえるのかを探したものだ。
「三が日は大体毎日こんな感じだよ。それが終わったらまた日常だ。面倒だけどね」
「でも、そう思うと余計にこのたった3日間がとても大切な日に思えますね」
「そうかい? 私達はもう嫌ってほど過ごしてきたからそんな風にはあまり思わないけど、確かに鈴の言う通り、特別な日ではあるね」
「はい! っ……ちょっとすみません」
勢いよく頷いた鈴だったが、背中に痛みを感じて席を立った。そんな鈴を心配そうに三人の視線が追ってくる。
出来るだけ三人に心配をかけないよう、鈴は笑顔で振り向いて言う。
「そろそろ雨か雪が降ると思うので、気をつけてくださいね」
「そんな事はいいから早く薬飲んどいで」
「はい」
雅は心配そうに鈴を送り出してくれたけれど、鈴には一つだけ心配事があった。薬がもうあまり無いのだ。
千尋は薬は飲み過ぎたら効かなくなると言っていたが、もう千尋の治療の効果も薄れてきてしまったらしい。どうにか千尋が戻るまで持たせたかったが、冬は鈴にとっては鬼門である。
部屋に戻った鈴は薬を飲んでから、残りの数を数えてため息をついた。
「一ヶ月の間、雨とか雪が降らないでいてくれるなんてこと無いよね……」
薬は思っていたよりも減っていた。これはやはり雅に相談して一緒に街まで買いに行った方がいいかもしれない。
鈴がそんな事を考えていると、部屋に雅がやってきた。
「大丈夫かい? 鈴」
「雅さん! はい、大丈夫……なんですが、ちょっと相談が……」
「何だい?」
「その、お金を少し……貸してもらえませんか? 返すのにちょっと時間がかかるとは思うのですが、色々工面するので……」
「急に何だ。あんたがそんな事言うなんて珍しい――あ、薬かい?」
「……はい。もうあと3日分しか無くて……」
しょんぼりと項垂れた鈴の頭を、雅がよしよしと撫でてくれる。弱っている時に優しくされると泣きたくなってしまうが、今はとりあえず薬の事をどうにかする方が先だ。
「ごめんごめん! すっかり忘れてた。千尋がね、鈴さんの薬がそろそろ切れると思うので手配しておきましたって言ってたんだよ。届いたら渡そうと思って、えーっとどこに仕舞ったかな」
そう言って雅は部屋を出ていった。どうやら千尋はこうなる事を見越して鈴の薬を手配してくれていたようだ。
鈴は残り少ない薬の袋を抱きしめて、心の中で何度も何度も千尋にお礼を言う。
しばらくして雅が戻ってきた。手には2つの袋を持っている。
「こっちが千尋が手配したやつなんだけどさ、ちょっと前にあんたに蘭からも薬が届いてたんだよ。あいつ、自分が渡すとか言いながら部屋に置きっぱなしにしてたみたいだ」
「蘭ちゃんから?」
「ああ。手紙も入ってるみたいだよ。読むかい?」
「はい!」
わざわざ蘭は薬を送ってくれたのか! 鈴は思わず胸を押さえて手紙を読んで涙を浮かべた。
「何て書いてあったんだい?」
「えっと、私の体調の心配です。いつもの薬よりもよく効くという薬を手に入れたから、是非飲んでみて欲しいって」
「へぇ、あの娘がねぇ? まぁ最近大量に手紙が届くし、案外あんたの事心配してるのは本当かもね」
「蘭ちゃんは本当に良い方なんです!」
「分かった分かった。それで、処方はなんだい? ちょっと見せてみな」
「はい」
鈴は言われるがまま雅に処方が書かれたメモを見せた。それを見て雅は納得したように頷く。
「これなら問題ないね。あんたが今持ってる奴と千尋が買った奴よりよく効きそうだ。飲み合わせも悪くなさそうだから、今持ってるのと使い分けるといいよ」
「本当ですか? 冬の時期は一番痛みが激しいんです。今回は蘭ちゃんのを飲んでみようかな……」
「そうだね。それじゃあ2つとも渡しておくよ」
「はい! ありがとうございます! 千尋さまにもお礼を言いたいのですが、あまり私の事で煩わせるのも嫌なので戻って来られたらお礼を言おうと思います」
「ああ、そうしな。しかしあれだね。鈴の小遣いも何とかしないと。それも千尋が戻ったら相談しようか」
「い、いいです! そんなものを頂くわけにはいきません!」
ただでさえ厄介な怪我があるというのに、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。そう思うのに、雅は譲らない。