「いいや、生きていく上で自分で自由に使える金は大事だよ。それにあんたはちゃんと屋敷の事もやってくれてるんだから、それは貰うべきだよ」
「で、でも」
「神森家は侯爵家を名乗ってはいるけど、人間の華族とは違う。あくまでも名乗ってるだけだ。千尋はあんなだからあんまりピンと来ないかもしれないけど、あんたに小遣いを払うぐらいでこの家は傾いたりしないから安心しな」
「それはそうだとは思いますが……私は薬代さえ貰えればそれで……」
「あんたは本当に欲の無い嫁だねぇ! ここ最近の娘さん達は嫁でも無いのにあれこれ欲しがってたもんだけど」
「そ、それは良家の方たちだったからではないでしょうか。私はあくまでも佐伯家の居候なので」
「そうかい? 千尋はそこらへん大雑把だから、皆に百円券渡してたよ」
「ひゃ、百円券!?」
驚きすぎて声が裏返った鈴を見て雅は声を出して笑った。
「だからそんな気にしないでいいよ、鈴。龍神様にとっちゃ人間の通貨なんて何の価値もないんだろうさ。まぁ、千尋の場合龍の都でも結構な資産家っぽいけど」
「そ、そうなのですか? 千尋さまはもしかしてあまり散財をされないのでしょうか」
確かに千尋は高官の家に養子に入ったと言っていたので、都でもあまり金銭で苦労はしたことがないのかもれない。
「金かける所にはかけるけど、かけない所には全くかけないね。ここで働いてる人数見りゃ分かるだろ?」
「確かに……この広いお屋敷を三人で切り盛りしてますもんね……」
「今は鈴が居るから四人だけどね。本当に助かってるんだ。何なら私から給料出したいぐらいだよ!」
そう言って雅は鈴の頭をガシガシと撫でて部屋を出ていった。
鈴はそんな雅の背中を見送りつつ千尋から貰った薬袋を引き出しに仕舞い、蘭から貰った薬を取り出すと処方通り2つ飲んだ。
飲んだあと何だか舌が痺れたような気がしたが、気の所為だと思い誰にも告げはしなかった。
正月が終わり、4日になるとすぐさまいつもの日常が戻ってきた。
「何だかあっという間でした」
「楽しかったですか?」
「はい、とても!」
炊事場でいつものように昼食の準備をしていた鈴と喜兵衛は、いつものように話しながら皆の昼食の準備をしていたのだが、また背中が傷むので喜兵衛に断りを入れて薬を飲む。鈴はこの時期はいつも薬を持ち歩くようにしている。
いつ背中の痛みが激しくなるか、全く分からないからだ。
「大丈夫ですか? 今日はもう休んでいた方が良いのでは?」
「大丈夫です。蘭ちゃんから貰ったお薬、本当に良く効くみたいで」
鈴の言葉に喜兵衛は心配そうに続ける。
「ですが、良く効く分副作用なんかもあるのでは?」
「どうなのでしょう? 今の所は何も無いと思いますが、そう言えば昨日飲んだ時は少しだけ舌が痺れた気がします」
「それ、大丈夫なんですか?」
「飲み過ぎなければ大丈夫だと思います。すぐに治まったので。ただ、喜兵衛さんの言うように副作用があるかもしれませんもんね。気をつけます」
「はい。そうしてください。さて、それでは今日の飾り切りの練習をしましょう!」
「はい!」
鈴は頷いて雅がくれたお下がりの包丁を持って移動しようとすると、クラリと一瞬目の前が揺れた。
「鈴さん!」
そんな鈴を喜兵衛がすぐに支えてくれて事なきを得たが、鈴はすぐに頭を下げる。
「す、すみません」
「やっぱり今日はもう休みましょう! それから、そのお薬は止めた方がいいのかもです」
「……そうですね。薬を飲んだ途端にこんな事になるという事は、私の体質に合っていないのかもしれません」
せっかく蘭がくれたのに……そんな事を考えながら薬の袋を握りしめていると、そんな鈴に喜兵衛は困ったように言う。
「あの、だったら姉さんの言うように、我慢出来ないほどひどい時にだけ飲んでみては?」
「! そうですね。そうします! ありがとうございます、喜兵衛さん」
「いえ。ご家族から頂いた物を粗末にはしたくないですよね。でも、薬はその人の体質もあるので……」
「本当にその通りだと思います。痺れも目眩も一時的だったからと言って安心してはいけませんね。気をつけます」
鈴の心にこんなにも寄り添ってくれる喜兵衛に感謝しながら頭を下げると、喜兵衛は照れたように笑う。
それから鈴は、しばらく蘭の薬は飲まなかった。喜兵衛の言う通り、何となく痺れたり目眩がするのは怖かったからだ。それに千尋がくれた薬もとても良く効いた。蘭の物ほどすぐに効果は無かったが、持続力がとても良かったのだ。
あれから3日、部屋で寛いでいた鈴の元に雅がやってきた。
「鈴、蘭からまた手紙だよ」
「ありがとうございます!」