「よく続くねぇ、全く。それよりも鈴の結婚の話はどうなってんだ! あたし達は蘭からの手紙じゃなくて、当主の手紙を待ってるってのに!」
「本当ですね……やっぱりまた届いていないのでしょうか?」
手紙偽装事件の後、千尋はもう一度佐伯家に手紙を出してくれたのだが、年が明けてもまだその返事は来ない。そろそろ雅の限界もどうやら最高潮のようだ。
「何か返事しにくいような事を千尋が書いたんじゃなきゃ、普通は年内に返事寄越すだろ! どんだけ常識がないんだ! うちとどっこいどっこいじゃないか!」
そう言って怒鳴る雅に思わず鈴は笑ってしまった。どうやら婚約しかしていないのに屋敷に無理やり鈴を連れてきて生活させている事を雅は言っているようだ。
「私はここに来られて本当に良かったって思ってます。雅さんと喜兵衛さんと弥七さんと千尋さまに会えたのですから」
神森家の噂は本当に良くなくて、佐伯家から一歩も出る事を許されなかった鈴の耳にも届いていたほどだ。
けれど噂はただの噂に過ぎなくて、毎日がとても楽しくて、鈴はここにずっと居たいと今は心から思っている。
「あたし達もあんたが次の花嫁で良かったって思ってるよ。まぁ、相当複雑だけどね」
「いつも心配してくれてありがとうございます、雅さん」
「それはお互い様だよ。それじゃ、返事書き終わったらまた持っておいで」
「はい!」
鈴は正式に結婚するまでは自由に神森家から出る事は出来ない。だから毎回手紙を書く度に雅にお願いする事になっているのだが、それでも雅は嫌な顔一つしない。
部屋を出ていく雅に手を振って蘭からの手紙を開けると、また蘭は鈴の体調の心配をしてくれていた。
もしかしたらあの副作用の事を心配してくれているのかと思いその事について返事を書くと、二日後にすぐに蘭から返事が届いた。
「何だって? 蘭のやつ」
じゃがいもの皮を剥きながらいつものように蘭からの手紙の内容を伝えると、雅は腕を組んで考え込んだ。
「そんな事を言う医者が居るかい?」
「どうなのでしょうか……?」
「蘭はその医者に騙されてるんじゃないのか?」
「でも、蘭ちゃんは旧友から買ったそうなんです。そのご友人のお父さまがお医者様だそうで、結構大きな病院の方らしいんですよ」
「う~ん、副作用は多少あるけど、飲み続ければ背中の痛みが完治するって?」
「はい。もしかしたら、最先端のお薬とかなのでしょうか?」
「最近の事はよく分からないけど、あの処方見た限りじゃそんな効果があるとは思えないけどねぇ」
「そうなのですか?」
「そうさ。あれ見る限りじゃ当たり障りのない普通の痛み止めだよ。だからそんな副作用が出てんのも不思議なんだけど」
「う~ん……蘭ちゃんの手紙には処方箋には間違いがあって、2錠じゃなくて4錠だったとあったのですが、やっぱり止めておいた方がいいのでしょうか? でも蘭ちゃんは凄く勧めてくれるんです」
何だか今更飲んでいないとは言えない雰囲気なのだが、個人的には雅の言う事に賛成の鈴だ。ただ気になったのは、この薬はとても高価で蘭が三ヶ月分のお小遣いをこれにつぎ込んだと書かれていた事だった。
そんな事を聞いてしまうと、何だか余計に本当の事を言い出しにくくなってしまった鈴である。
「まぁ、とりあえず喜兵衛の言う通り痛みがひどい時だけにしといた方がいいんじゃないか? どんなに良くても副作用は怖いよ」
「そうですね。そうします」
鈴はそう言ってお玉で煮物の芋を一つ取り出し、それを雅と半分こして味見をした。
「美味い!」
「ホクホクですね! 弥七さんにお礼言わないと」
「これ、弥七が育てたんだったか?」
「はい。何だか最近は野菜を育てるのが楽しいそうで、先月のお給料のほとんどをお野菜の苗や種に使ってしまったと言ってました」
「あいつも大概植物馬鹿だね。でも、この芋は美味いね」
「はい!」
弥七とは最近よく四阿で会う。そこでいつも休憩がてら野菜の作り方の本を熱心に読んでいるのだが、鈴と会うといつも丁寧に野菜について語ってくれるのだ。
物を知らなかった鈴は、ここへ来て沢山の事を皆に教えてもらっている。一気に世界が広がると、他の事ももっと知りたくなってくるから不思議だ。
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地上の皆は今頃どうしているだろうか? 最近の千尋は毎日そればかり考えている。こんな事なら今回は帰ってくるのを止めておけば良かったと何度も思ったけれど、その度に鈴の寿命を延ばす方法を調べなくてはいけないのだ、と自分に言い聞かせていた。