この日も千尋は一人、相変わらず誰も居ない書庫に居た。目の前には山のように文献が積まれているが、本を読むのは少しも苦ではない。
ただ今回は読書をしている訳ではないので、そういう意味では気が重い。何せいくら調べても人間の寿命を延ばす方法など、どこにも書かれていなかったからだ。
「はぁ……無いですねぇ」
言いながら千尋は本を閉じると、大きく伸びをした。
「ちーひろくん」
「……流星。こんな所で奇遇ですね?」
千尋はいつものように笑みを浮かべて問うたが、そんな千尋の質問を無視して流星はバサリと大量の資料を机の上に広げだした。
「探したよ~。またこんな所に一人で引きこもって。はい、これ」
「これは?」
「あの事件のあらましと進捗。なんかね、調べれば調べるほどおかしな事に繋がるんだよね」
「どういう事です?」
「んー……何ていうか、思ってたよりも根深い事件だったかもって事。これ、確実にもみ消されてるよ。そして千尋くんは罪を着せられた」
流星の言葉に千尋は首を傾げた。
「罪を着せられた?」
「そう。そう仕向けられたんだよ、初に」
「初? どうしてここに初が出てくるのです?」
怪訝な顔をした千尋に流星は一枚の写真を見せてきた。それはどこかの家の一室のようだが、室内は荒れ果ててまるで嵐にでもあったかのようにボロボロだ。
「これ、犯人の家。ここから何故か初の私物が見つかったんだ。財布とか貴金属とかなら盗まれたのかとも思うけど、ただの刺繍入りのハンカチなんだよね」
「それは、犯人と初が繋がっていたということですか?」
「そういう事。こんな事言いたくないけど、実は僕達は最初から初を疑ってる」
流星の言葉に千尋は珍しく驚いた。
「てっきりあなた達はすっかり友人なのだと思っていました」
「ごめんね、千尋くん。俺も息吹も千尋くんの友達ではあるけど、初の友人では無いんだ。ていうか、そもそも君がここを出て行ったから、僕たちは初に近づいたんだよ」
「なるほど。そうだったのですね」
「あれ? 大して驚かない感じ?」
「驚いていますよ。ただ納得出来る事の方が多いですね。だって、初はあなたが最も苦手とする人柄でしょう? 特に息吹なんて相容れないのでは?」
千尋が言うと、流星は歯を見せて笑った。
「御名答。俺も息吹もああいうのは死ぬほど嫌いだけど、千尋君が絡むんなら話は別だよ。俺も息吹も千尋くん至上主義だからね」
「それは初めて聞きました。そうだったのですか?」
「うん。君は面白いから好きだよ。でね、話を戻すよ。ここからずーっと事件を辿るとね、もう一人繋がるんだ。誰だと思う?」
千尋は流星が指でなぞった先をじっと見つめて深い溜息をついた。
「千眼ですか」
「当たり。あいつが初と組んでる。ただまぁ初は利用されたんだと思うよ。というよりも、そそのかされたって感じ? お姫さまの立場を良いように利用されたんだろうね」
「ですがどうして千眼が私を? 何か恨みを買うような事をしましたか?」
「それがね、千尋くんが引き取られた高官の家ね、養子を出してるんだ。それが千眼なんだよね」
「それを恨んで、という事ですか?」
「そう。あともう一個。千眼が番にしたくて仕方ない人の想い人が、君なの」
それを聞いて千尋は呆れた顔をすると、流星はにこやかに頷いた。
「それこそ逆恨みではないですか」
「そうだよ、逆恨み。ちなみに初の動機はもっと簡単。誰にも千尋くんを盗られたくなかったってだけなんだよね。だから君に罪を被せる事で君の評判を落としたかったみたいだ」
「私を誰に盗られると言うのですか」
「う~ん……今だったら、鈴?」
その言葉に千尋は思わず流星を睨みつけた。そんな千尋を見て流星は驚いたように目を丸くする。
「そんな顔も出来るんだね、千尋くん」
「鈴さんは私の引き起こした事件に巻き込まれていいような方ではありません。いえ、私の花嫁になると決まった時点で既に巻き込んだも同然なのですが、だからこそ余計に私には彼女を守る義務があります」
「義務ねぇ。まぁどのみち初は人間界に手出しなんて出来ないんだからそれは一旦置いておいて。これどうする? もっと調べる? それとも、もう蓋しちゃう?」
「それを聞きに来たのですか? もしかしてこの間うちに来たのも、この話をすべきかどうか迷っていたから?」
「そう。もしも千尋くんが本気で初と婚姻関係を結ぶつもりなら、こんな話はすべきじゃないなって息吹と言ってたんだ。でも飲み会の時もこの間もどう見たって千尋くんは初の事なんて眼中にも無さそうだったからさ」