自分たちは千尋至上主義だと言う流星は、どうやら千尋が思っているよりもずっと千尋の事をよく知っているようだ。
もう一度ため息をついた千尋を見て流星は申し訳なさそうな顔をする。
「どうして次から次へと問題が舞い込むのでしょうね。あなたも言っていた通り、私は今それどころでは無いのですよ。数千年も前の事件のあらましなど、今更どうでもいいんです。あなた達が公表したいのであれば好きにしてください。ただ、今は止めて欲しいですね」
「どうして?」
「今それを公表されて龍の都に戻る事になるのが困るからですよ。これ以上雅との約束を破るわけにはいきませんから」
「猫ちゃんと何か約束してるの?」
「ええ。鈴さんを最後まで守る、という約束をしています。それを反故にしたらそれこそ恨まれてしまいます」
「猫ちゃんの恨みは怖いからね~。でも、多分理由はそれだけじゃないんだろうな。千尋くんの事だから教えてはくれないんだろうけど」
「よく分かってるじゃないですか。それにまだ話す段階でもないです」
誰かに感情を揺さぶられるという事が今まで無かった千尋にとって、鈴の存在は日に日に大きくなっていく。
顔が見えないと心配になり、声を聞けば安心する。以前はあれほど毎日のように鏡を使っていた雅が、今回に限って一切使ってこないのも癪だ。
もっと言うと、大晦日のように他の男の前で無防備に船を漕いだりしないで欲しい。自分だけが鈴を知らない時間があるのが嫌だ。ちなみに流星が鈴を呼び捨てにするのも何故か胸が騒ぐ。
これだけでも千尋の頭はもう既にパンクしそうなのだ。そこに来てはるか昔の事件の事など構っていられない。
「了解。それじゃあ鈴のお役目を終えたら公表しようかな。で、千尋くんは帰ってきてから一生懸命何を調べてるの?」
「これですか? これはこの間も言いましたが、鈴さんの寿命を少しでも伸ばす方法を調べているのですよ」
「ああ、あれか。ていうかさ、今までの花嫁ってそんなに短命だったの?」
流星の質問に千尋は思わず視線を伏せて頷く。
「どれぐらい?」
「大体30歳前後です。一番長生きされた方でも35歳でした」
「それは短いね! でも時代もあるんじゃないの?」
「確かにそれもあるでしょう。ですが、それだけではありません。血の流れが清くなっていくのと対称的に体への負担が重くなっていく。今までは……ずっとそうでした」
「うーん、やっぱり龍の力は人間には少し荷が重いのかな」
「かもしれませんね。特に私は水龍です。毎月人の血を浄化しすぎてしまうのかもしれません」
歴代の花嫁達は皆、苦しみはしなかった。最後はいつも眠るように穏やかに役目を終える。
けれど、もしも今回も鈴がそうなったとしたら、千尋に耐えられるだろうか?
そこまで考えて気付く。こんな事を考える時点で鈴は今までの花嫁達とは違うという事に。
「それにしても鈴が来てからまだ一ヶ月半ぐらいなんでしょ? それなのに今期の花嫁には随分肩入れするね」
「別にそういう訳ではないのです。今までどれほど望んでも花嫁たちは短命でした。それだけは何をしても覆りませんでしたが、今回はたまたま里帰りと時期が一致したので丁度良かったのですよ」
本当はそれだけじゃない気もするが、今はまだ誰かに話すような段階でも無いと判断した千尋は、いつものように当たり障りの無い理由をでっち上げた。そんな千尋の答に流星は軽く頷く。
「なるほどね。だとしたら君が探してるここらへんの資料は、ハッキリ言って役に立たないよ」
そう言って流星は千尋の目の前に積まれていた資料を脇に押しのけると、そのまま立ち上がって書庫の奥に消える。
「流星?」
呼びかけても流星からの返事はない。
しばらくすると、流星は数冊の本を持って戻ってきた。
「ここら辺に千尋くんが探してる答えが載ってると思うな」
「これは――龍と人との婚姻? 正気ですか?」
「正気も正気。どうやっても人間には龍の力は強すぎる。特に千尋くんは龍の中でもかなり力が強いのに、そんな力を毎月体に流し込まれたんじゃ、そりゃ弱るに決まってる。だから地上に居る間だけでも鈴さんと番関係を結べばいい」
「一時とは言え私に人間と番になれと? 初もいるのに?」
「うん。別に番は一人って決まりはないでしょ? 君が地上で鈴と番になったって、初は気付きようもないよ。不誠実だとは思うけど、どうしても鈴を長生きさせたいならそれしか無いよ」
「だからってそれだけの為に……」