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第97話

 確かに鈴の事は気に入っているし、きちんと天寿を全うさせてやりたいとも思っているけれど、流石に人間と番関係になるのは無い。


 それに一度番関係を結べば、その関係を破棄出来るのは数百年後だ。そんな事をしたらその間鈴にずっと花嫁の役目を押し付ける事になってしまう。


 顔を顰めた千尋を見て、流星はおかしそうに笑った。


「だったら諦める事だね。鈴も30前後で亡くなるよ。ま、手っ取り早いのはその子を花嫁に選ばないことだけど」

「それが出来ないからこうやって探しているのですが?」

「そんな事言ったって無理だってば! 根本的に俺たちと人間では造りが違うんだから。長生きさせたいなら番にでもなって人間を抱いて力を直接流し込んで体を龍に近づけるしか無いんだよ。だからこの人たちはこういう文献を残してる訳だ」


 流星はそう言って持ってきた本の一冊を取り上げる。


「まぁこの人たちは人間を愛してしまって番どころか婚姻までして都に連れて来ちゃった人たちだから君とは少し訳が違うけど、一応こういう解決策もあるよってことで」


 流星の言う通り、大昔はそれこそ人間と龍が番になって婚姻まで結んだのは、珍しいがあった話だ。そして大抵人間が龍の都に嫁いできた。実際その子孫も都に居る。


 人間は龍と番になりその力を直接体内に取り入れる事で、いつしか龍と同じ年月を生きるようになるのだが、人間と番になるというのはそもそも龍の倫理観の問題だ。


「それはそうですが、人間と?」

「そう。鈴を長生きさせたいなら、番になって鈴を抱いて直接力を注ぐしかない。それか最初から花嫁に選ばないかの二択だね」

「……」


 鈴と番に? 流星の言葉に千尋は視線を伏せた。


 そんなにも長い年月を鈴と共に過ごしたいだろうか? 龍とも今まで番になりたいと思わなかったのに? 今は目新しい鈴の存在が気になるだけで、これが数百年となるとどうなのだろう? こんな気持ちがそれほど長い年月持続するものだろうか?


「まぁ、まだしばらく時間はあるでしょ。ゆっくり考えなよ」

「そうですね。いつかの為に参考にさせて頂きます」

「うん」

「それから初の事は……どうしましょうかね」


 鈴の事も気になるが、流星が持ち込んだ資料が本当であれば、初との番は即座に解消するつもりだ。


 けれど、流星のこの感じではまだ決定的な証拠を掴めている訳ではなさそうだった。


「番解消するの?」

「まぁ本当に初が千眼と手を組んでいたのなら解消しますよ。そうなると恐らく姫ではなくなるでしょうし、私はただの幼馴染というだけで番を継続するようなお人好しではありませんし、罪滅ぼしをする意味も無いですからね」

「流石だねぇ。番になっても鋼の理性で初に手を出してなかったのがここで報われるとはね。手出さなくて良かったね、千尋くん」

「姫に限らず誰にも出しませんよ。私が龍とそういう行為をする時は子孫を残す時だけです。そもそもそういう欲もほとんど無いんですよね、昔から。発情期は誰にも会わずにいれば当てられる事もありませんし」

「あはは、ぽいね。もう何ていうか君はおじいちゃんみたいに凪いでるもんね、感情が」

「私の事はいいんですよ。流星、そこまで調べたのであれば続きも調べてもらえますか?」

「あれ? いいの?」

「もちろん。事実が分からない限り私もどうしようも出来ません。何か決定的な証拠を掴んだその時は、すぐに知らせてください。ただ、さっきも言った通り公表はまだしないでくださいね」

「またそうやって俺たちを使おうとする~! まぁ乗りかかった船だし、っていうか、むしろ漕ぎ出したの俺たちだもんね。ちゃんと責任取るよ、最後まで」

「ええ、ありがとうございます。それから流星」

「うん?」

「鈴ではなく、鈴さん、ですよ」


 何なら佐伯さんと呼んで欲しいぐらいだが、それはそれで鈴がまだ神森家の花嫁ではない事を突きつけられているようで癪だ。


 千尋の注意に流星はポカンとしている。


「……へえ、驚いた。そんなにお気に入りなんだ。いつか鈴さんに会えるといいな」

「一生、会わせません」


 それだけ言って千尋は席を立ったが、流星はまだお腹を抱えて笑っていた。



 千尋が都に戻ってようやく二週間が過ぎた。最初のうちは大晦日や正月に忙しくてそこまで千尋の不在を感じる事は無かったが、落ち着いてくると段々と千尋が居ない事が気になり始めた。


「どうしちゃったんだろう、私……」


 何気なく部屋で恋愛小説を読んでいた鈴は、以前よりも主人公の気持ちが分かるようになってきた事に気付く。


 雅も喜兵衛も弥七も鈴にはとても優しいけれど、千尋の優しさは皆とは何故か少しだけ違うように感じる。

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