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第460話

 一方、流星は自分で動けない事が悔しいのか、大きなため息をついて机に突っ伏した。

「こういう時が一番、王になんてなるんじゃなかったって思うよ」

 ぽつりと呟く流星の気持ちは良く分かるので、千尋はそんな流星の肩を慰めるように叩く。

「だったら二倍の速度で仕事をすれば良いのですよ。そうすれば以前のようにあなたが軍を率いて進軍しても、誰も文句は言いません」

 自分なら間違いなくそうする。そう思って言ったのだが、それを聞いて流星がキッと顔をあげる。

「そりゃ君ならね! 簡単だろうけども! はぁ……こうやって皆、無自覚な君に自尊心をズタズタにされていくんだ……」

「そんなつもりはないでのですが、実際それしか方法が無いではないですか」

「そういうとこだよ! ま、とりあえず羽鳥からの報告待ちだな。いざって時は千尋くんに出動してもらうか」

「嫌ですよ。それならあなたの仕事を肩代わりした方がマシです。その時はちゃんと手を貸しますよ」

「うん、その時はお願いね」

 気の抜けた返事をした流星は千尋を見送ってまた机に戻って行った。

 千尋はそのまま職場を出ると、梅通りで煎餅と他にもいくつかお菓子を見繕って屋敷へと戻る。

 今日の仕事はもう終えたので、後は千隼と遊び鈴を愛でるだけだ。

 屋敷に戻ると一番に耳に飛び込んできたのは鈴と誰かの軽快な笑い声だった。

「ただいま戻りました。おや、菫さんではないですか」

 リビングに入るとそこには鈴と雅、そして菫が楽しそうに談笑している。

「おかえりなさいませ、千尋さま!」

「おかえりなさい。あなたに相談があったから来たんだけど、居ないからお茶してたの」

「早かったな、千尋。ん? 今度はあんた何買ってきたんだい?」

 口々に話しかけてくる三人に千尋は笑みを浮かべつつ雅に手土産を渡すと、雅は中を覗き込んで目を輝かせる。

「たまには気が利くじゃないか! 鈴! あんたが唯一食べられる梅華の味噌煎餅だよ! あたしはちょっとお茶入れてくるよ!」

 それを聞いて鈴はパァっと顔を輝かせる。

「! 千尋さま、ありがとうございます!」

「いいえ、どういたしまして。あなたは今ここの煎餅しか食べられないでしょう? どうせ帰り道ですしね」

 にこやかに千尋が言うと、それを聞いて菫が白い目を向けてくる。

「嘘ばっかり。職場から梅通りは真逆じゃないの。これ、美味しいの?」

「うん! 色んな所の味噌煎餅食べたんだけど、ここのはほんのり甘くてね、甘いのとしょっぱいのが丁度良いの!」

「そうなの。一枚ちょうだい」

「もちろんだよ! 千尋さまも一緒に食べましょう! それから千尋さま、ちょっとだけ菫ちゃんの相談に乗ってあげてくれませんか?」

 鈴は菫に煎餅を渡し、体をズラして千尋が座る場所を空けてくれた。これは自分の隣に座って欲しいという事だ。

 そんな些細な事に千尋は胸をときめかせながら鈴の隣に腰掛ける。

「構いませんよ。どうかしましたか?」

「それがね、最近こんな手紙が届いたのよ。桃紀さんにも一応報せたんだけど、ただの自分へのやっかみだから放っておけって。でも内容が凄く嫌な感じなの。ただのやっかみにしてはちょっと……はい、これ」

 そう言って差し出されたのは一通の手紙だ。千尋はそれを受け取ると裏を確認してみたが、そこに差出人の名前は無い。

「中を見ても?」

「もちろんよ。楽に相談したら、すぐに千尋さまに知らせろって」

 千尋はその言葉に頷いて手紙を開いて中に目を通す。

「……これはまた……なかなか面白い内容ですね」

 手紙の内容はざっくり言うと、本当の願いを叶えたいのならば学校の指揮を取っている桃紀の地位を奪えというような内容だ。

 そしてそこには楽と夏樹についてだと思われる火龍への扱い方も書かれているが、文章の至る所に水龍と比べて、という単語が出てくる。

「そうでしょ。私にはどう見ても何かへの勧誘の入口だとしか思えないのよ。その手紙の言う通りにしたら碌な事にならないと思うの。あと、私が本当はあんたに懸想してるって思い込んでるみたい」

「本当ですね。菫さん、この手紙をしばらく預かっても構いませんか?」

「そのつもりで持ってきたの。あともう一つお願いがあるんだけど、良いかしら?」

「なんでしょう?」

「その手紙の犯人が分かるまで、楽と夏樹をここに住まわせてやってくれない?」

 菫の視線が心配そうに揺れた。

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