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第462話

 都にやってきて鈴と喜兵衛は一番に洋食と和食のレシピ本の執筆に取り掛かった。都の皆が地上からの新しい文化を鈴達に期待していると知っていたからだ。

 その期待に答えるべく出版したレシピ集は今や飛ぶように売れているという。

「良いじゃない。ところで鈴、桃紀さんから連絡あった?」

「あったよ! 何か感謝状みたいなの貰った!」

「ビックリしてたわよ。まさかレシピ集の売上げを全額寄付してくるとは思わなかったって」

「それに関しては俺達もびっくりしたんだ。お前、何で全額寄付なんかしたんだ?」

 楽の問いかけに鈴は笑顔で答えた。

「喜兵衛さんとも相談したんだけど、誰かの役に立つならって思って作った本だったから、貰ったお金も誰かの役に立つと良いなって思ったんです。それに私は千尋さまから毎月ちゃんとお小遣いも貰えていますし、困っていなかったので」

 もしもこの屋敷が資金難であればそんな事はしなかっただろうが、もしも有り余るほどの資産を持っていても行き着くのが佐伯家のようになるのであれば、正しく使ってもらった方が良い。

 きっと千尋もそう考えるはずだと思い相談すると、千尋はただ笑って「二人とも欲が無いですねぇ」と言いながら鈴達の案に賛成してくれた。

 それを聞いて菫が呆れたように苦笑いを浮かべる。

「あんたは本当に的場の人間だわ」

「そうなの?」

「そうよ。そんな事してるから一度うちは落ちぶれたの。でも……誰もその時の事を後悔なんてしてないわ。むしろ誇りに思ってる」

「それは千尋さまにも言われたよ。その決断をした事は素晴らしい。誇りに思うべきですよって」

 鈴達が売上金を全て教育に使って欲しいと言った日、千尋は見たことも無い顔で微笑んでそう言った。そしてその夜にはずっとその話をしていたので、きっと千尋にとって鈴と喜兵衛の決断はそれぐらい価値のあるものだったのだろう。

 そしてこの間その事が瓦版に載り、鈴と喜兵衛の名前はあっという間に都中に知れ渡ってしまったのだ。

 その事に関してだけは千尋は苦虫を潰したような顔をしていたが、そのおかげで鈴も喜兵衛もどこへ行っても歓迎されるようになったと言っても過言ではない。

「まぁなぁ。でも俺ならあんな大金、絶対に手放すの躊躇しそう」

「楽、安心しろ。それで普通だ。この二人が変わってんだ」

 笑いながらそんな事を言う楽と栄に鈴達が笑っていたその時、今度は部屋に千尋が現れた。

「誰も居ないなと思っていたらこんな所で集まっていたのですか、皆さん」

「千尋さま。どうかされたのですか?」

「いえ、仕事も終わったので鈴さんを愛でようと思っていたのですが——私も手伝いましょうか?」

「あんた、それ毎日言ってるわよね?」

「ええ。その為に生きてますから」

 菫の呆れるような突っ込みに千尋が笑顔を崩さずに言うと、菫はため息を落として鈴に向かって言う。

「行ってきてやんなさい、鈴」

「え、でも」

「どうせ荷物はほとんど無いもの。この二人が居るから大丈夫よ」

「そう?」

「ええ。ほら、狭いんだから早く出る!」

 部屋から追い出された鈴と千尋は、互いの顔を見合わせて笑い合う。

「追い出されてしまいましたね」

「ええ。でも確かに邪魔かもしれませんね。長身の男が三人も居たら」

 千尋も栄も楽も身長が高い。笑いながらそんな事を言う千尋に鈴も思わず笑ってしまった。

「それじゃあ千尋さま、何をしますか?」

「そうですね……では、私達は頑張る皆さんに素敵な音楽でもお届けしましょう。今日は天気も良いですし、庭で演奏会はどうですか?」

「それはきっと最高のお手伝いです! 是非!」

「ああ、でも踊るのは無しですよ? 万が一転んだら大変ですから」

「は、はい……気をつけます」

 歌を歌うとついつい体が動く鈴だ。そんな鈴を見越した千尋からの言葉に鈴は思わず指をすり合わせて頷いた。

 それから二人で庭に出ると、東屋に座って二人きりの演奏会を開く。この時間が鈴は大好きだ。千尋のバイオリンと自分の声が溶け合い、両親の元にさえ届きそうだから。

 気がつけば東屋の周りには用事を終えた皆が集まってきていて、二人きりの演奏会は気がつけばいつも通りの演奏会になっている。

「相変わらず凄い声だねぇ。どうだい? お腹の子は喜んでるかい?」

 歌い終えると嬉しそうに猫雅が膝に飛び乗ってきた。

「はい! さっきからリズム取るみたいにお腹蹴ってます」

 さすが龍の子だ。千隼もそうだったが、音楽への執着が半端ない。

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