目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第466話

 最初はあれほど菫が都の事に口出しするのを渋っていた流星も、今や他の高官達よりも先に息吹と菫に相談していたりする。


「鈴さんにしても菫さんにしても、今の都に無くてはならない人たちです。流星、彼女たちを保護対象にすべきかと」

「だね。二人には羽鳥、君の耳と目をつけておいて。何かあったらすぐに息吹のとこの部隊が動けるように手配しておくから」

「それについては大丈夫。既に二人にはつけてあるし、子どもたちにもついてるよ。それから息吹のとこの部隊は——」


 そう言って羽鳥が息吹に視線をやると、息吹は腰に手を当てて笑った。


「あいつらは今や鈴のお菓子の虜だからな! 言わなくても勝手に動くぞ!」

「……だってさ」

「頼もしい限りですね。鈴さんのお菓子を定期的に配っている甲斐があるというものです」


 それを聞いて千尋は苦虫を潰したように顔を歪めた。


 鈴は引っ越しを手伝ってくれた息吹と流星の部隊の龍たちに今も定期的にお菓子の差し入れをしている。


 そのおかげで誰に頼まれずとも鈴は都の部隊を味方につけているという事を、本人だけが今も知らない。


「ああいう優しさは龍にはないからさ、うちの奴らも流星んとこの奴らも皆、感動しちゃってんだよ。鈴が来るって聞いたら病欠の奴らでさえ這ってでも仕事に来るからな!」

「……こういう所は人間の恐ろしい所だよね、ほんと。鈴さんは可愛いしさ」


 言いながら流星はちらりと千尋に視線を送ってくる。きっと鈴にあっさりと絆された事を言っているのだろう。


「誰でも優しくされると嬉しいものですよ。それよりも羽鳥、何か分かったのですか?」

「ああ、そうだったね。結論から言うと通路は無かった。無かったけど、変な噂が出回ってる事が分かった」

「変な噂ですか?」

「そう。深夜に何か嗅いだ事の無い匂いがするなと思ったら、幻覚を見たり幻聴が聞こえたりするらしい」

「……また匂い、ですか」


 千尋はここで梨苑に聞いた話を皆にすると、皆はゴクリと息を呑む。


「それはまた……梨苑は本当に優秀だね。彼はただ飲み歩いてる訳じゃないのか」


 どこかの飲み屋で会った事があるのか、感心したように羽鳥が呟く。


「趣味だそうですよ、彼の。でもこの二つが繋がっているのかどうかは私にも分かりません。どうかしましたか? 息吹」


 千尋の話を聞いて、それまでガツガツと鈴が持たせてくれた昼食を食べていた息吹が突然黙り込んだ。その目は完全に仕事の時の目だ。


「ああ、いや……昨日、龍が一人死んだんだ。死因は突然死。居酒屋で突然倒れてそのまんま。そいつは半月程前に都の外でしてた仕事を辞めて、こっちに戻ってきてた」

「……それって……梨苑が話を聞いた男?」

「分からない。男に身寄りは無かった。本当に酒飲んでる途中でバタっと倒れてそのまんまだったらしい」

「毒物の可能性は?」

「無い。何も出なかった。ただ周りの奴らが言うにはその直前、何か不思議な匂いがしたらしい」

「こちらもですか……やはり何か関わりがありそうですね。息吹、まだ事故か事件かは分かりません。その時居酒屋に居た方たちを出来るだけ監視しておいてください」

「そうだな。分かった。皆に知らせとく。あとさ」


 そこまで言って息吹はふと手に持っていた半円型の食べ物を掲げた。


「なんです?」

「これめちゃくちゃ美味いんだけど、なに?」

「パスティですね。8時間ぐらい熱を保つのでいつまでも温かいんですよ」

「これ! レシピ集にまだ載ってないよな!? 次のに絶対載せてくれって言わないと!」

「そんな気に入ったの? どれどれ——あ、ほんとだ。美味しいね。千尋くん、これ難しい?」


 あまりの息吹の喜びように流星が尋ねてくるので千尋は首を横に振った。


「作る工程を隣で見ていましたが、楽しそうでしたよ」

「楽しそう……そっか。それじゃあ息吹、鈴さんにまたレシピ聞いといて」

「おう! へへ! 旦那が料理上手なのは良いな! これだけでも流星と婚姻結んだ甲斐があったってもんだ」

「……誰のせいで……」


 どうやら息吹のお腹を満たすために流星は致し方なく料理に励んでいるようで、その顔が全てを物語っている。


「私も料理をしてみたいのですが、喜兵衛と鈴さんに止められるのですよ」

「まぁそりゃねぇ。君は何でもこだわるし完璧にしようとするでしょ? だからじゃないの」


 呆れたような流星に羽鳥も頷いている。


 確かに前に一度だけ楽と二人で料理をした事があったが、鈴は喜んでくれたものの他の皆は鈴と喜兵衛の食事の方が良いと言っていた。


 中華民国の飾り切りが美しかったので真似をしてみたのだが、美しいが食べ辛いと苦言をもらってしまったのだ。


「そうなんですよね。凝ろうとすればするほど家庭料理からかけ離れるのです。おまけに味は鈴さんや喜兵衛の足元には遥かに及びませんでした」


 同じ分量で作ってもこうも違うのかと感心したのをよく覚えている。


「とりあえずこの件はしばらく羽鳥に預けます。一応、梨苑にもあの話は誰にもしないよう固く口止めをしておくとしましょう」


 そう言って会議は終わった。


 都の外の異臭と出回っている薬が繋がっているのかどうかは分からないが、都から戻った龍の死は、これから起こる事の暗示をしているようで気味が悪かった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?