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第467話

 都にやってきてからの生活は、鈴に本来の快活さを取り戻させている。その一番の理由はこの見た目だ。


「千尋さま、今日は千隼のお友達が挨拶に来てくれたんです! その子が私と同じ髪の色だって喜んでくれました!」


 都ではこの髪色も瞳の色も珍しくはない。


 鈴は千尋に食後のお茶の用意をしながら言うと、千尋は書類とにらめっこするのを止めてペンを置き席を立つ。


「それは良かったですね。きっと鈴さんがこの間幼稚園で歌を披露した事で、あなたの話が一気に知れ渡ったのでしょう」


 微笑みながら千尋は鈴の元までやってくると、徐ろに鈴の腰を引き寄せて耳元で言う。


「ですが鈴さん、いけませんよ。他の男に褒められたと言ってそんな顔をしては」


 男と言うよりはまだ子どもだが、少しだけ低い声でそんな事を言う千尋を見上げると、その目は口調とは裏腹におかしそうに細められている。


「大丈夫です。私の胸がギュッとなるのは千尋さまに褒められた時だけですから」

「そうですか。それは何よりです。それにしても……もう少しですね」


 千尋は愛おしそうに鈴のお腹を撫でた。そんな千尋の行動に鈴もコクリと頷く。


 あと一月もすれば臨月だ。千隼の時と比べると随分小さなお腹に心配になるが、産婆さんはきっと女の子だと言っていた。


「この子が生まれて落ち着いたら、今度は四人で旅行に行きましょうね」

「はい! 今度はどこへ連れて行ってくれるのですか?」

「そうですね……ああ、東にとても大きな花園があるのですよ。都からは離れすぎているのであまり誰も住んで居ないのですが、その分観光としてはいつも人気の場所なんです。そこへ行きましょうか」

「それは楽しみです! 花園と言えば弥七さんがこの間里帰りに下りた時にもらったチューリップの球根が増えてきたって喜んでました。前に植えたものも増えているそうなので、もしかしたらいつかうちの庭もチューリップの花畑として有名になるかもしれません!」

「それは良いですね。ではあの裏の丘にも弥七に遠征してもらいましょうか。あのてっぺんに東屋を立てるのはどうです?」

「あそこに東屋があれば、地上の裏山のように屋敷を見渡せるでしょうか?」

「ええ、きっと。高さは無いので全てを見渡すのはあの木には敵わないでしょうが、ある程度は見えると思います」


 目を閉じて想像すると、いつか夢に見た光景が浮かんでくる。思わず笑顔で千尋を見上げると、千尋も幸せそうに微笑んで鈴を見下ろしていた。


 そんな千尋を見上げて目を閉じると、千尋の含み笑いが聞こえてきてそっと唇に軽いキスが落ちてくる。


 鈴が目を開けると、千尋は嬉しそうな、少しだけ照れたような顔で言う。


「感慨深いですね。最初の頃の鈴さんは手を繋ぐことさえ恥ずかしがっていたというのに、今ではこんな風にキスのおねだりをしてくれるようになったのですから」

「お、おねだり!」


 確かにその通りだが、はっきり言われると恥ずかしくて思わず両手で顔を覆うと、その手をそっと千尋に外されてしまった。


「どうして隠すのですか? 照れたあなたはこんなにも可愛らしいのに」

「で、では今度は千尋さまの照れた顔も見せてくれますか?」

「それは無理です。恥ずかしいので」

「ず、ずるいです!」

「はは!」


 楽しそうな千尋に鈴の心も穏やかになる。千尋とはきっと一生こんな風に暮らしていけるのだろう。


 鈴は千尋に体重を預けると、千尋の胸に頬を寄せた。


「本当に不思議です。最初は国の為に生きようと思っていたのに、いつの間にか千尋さまの為に生きたいと思うようになり、気がつけば千尋さまと共に生きたいと思うようになった……。千尋さまが買ってくれる小説の主人公達は皆、意中の人と添い遂げる事で幸せになるのですが、最初の頃はそんな気持ちが理解できませんでした。でも私にとって千尋さまが意中の人なのだと気付いた途端、彼女たちの気持ちを理解する事が出来たのです。これが主人公たちがよく言う、幸せを掴むという事なのですね……意中の人と心を通わせる事が出来た時、その先にこんなにも大きな幸せがあるだなんて知りませんでした……」


 感慨深いのは鈴も同じだ。


 その時、少しだけ鈴を抱く千尋の指先が震えた。それに気付いて鈴が顔を上げると、千尋は片手で顔を覆ってしまっている。


「……角と模様……」


 千尋は顔を隠して鈴から顔を背けているが、その頭にはしっかりと角が出ているし顔には婚姻色が現れていた。


「……すみません。本当に恥ずかしいのであまり見ないでください」


 珍しく声を震わせる千尋に鈴は抱きついた。これが何だか堪らなくなるという感情なのだろう。


「そんな千尋さまも大好きです」


 鈴が千尋の胸に顔を寄せて言うと、千尋がゴクリと息を呑む。


「……鈴さん、今日は大丈夫そうですか?」


 それがお誘いの言葉だという事を理解している鈴は、千尋の腕の中でこくりと頷いた。

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