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第473話

「今から心配だわ。鈴、絶対に瑠鈴ちゃんを一人で外歩かせないようにね!? 常に楽か栄さんか雅をつけときなさい!」

「う、うん。分かった。……ねぇ、そんなに?」

「そんなによ! はぁ……あのぱっちりした宝石みたいなお目々とくせ毛でフワフワの髪……正にお人形さんだわ……母様と父様にも早く会わせてあげたい……そうだ! 鏡! あれで先に伝えましょ!」


 菫はそれだけ言って鈴の答えを聞かずにさっさと部屋を飛び出して行った。そんな菫と入れ違いに千尋が部屋へ戻って来る。


「私が言った意味が分かりましたか?」

「……はい、それはもう、痛いほど」

「でしょう? 今回も儀式はしっかりと開かれていますよ」


 そう言って千尋は笑って鈴の元へやってくると、鈴の髪を撫でる。


「そうですか。それは困りましたね」


 またあの赤子を囲んで皆で褒め称えるという儀式が開かれているのかと思うとおかしくて仕方ないが、思わず笑った鈴を見て千尋はさらに微笑む。


「全くです。ですが、一つ良いこともありました」

「良いこと?」

「はい。流星が瑠鈴を見るなり、これからも私に家で仕事をしても良いと許可を出してくれたのですよ」

「えっ!? ほ、本当に!?」

「ええ、本当に。瑠鈴はただでさえ水龍な上に数千年ぶりの女の子なんです。もしも何かあったらと危惧しているようですよ。なので私に瑠鈴から離れるな、と」

「そうですか! あ、喜んではいけない……ですか? 他の部署の方にご迷惑とか……」


 素直に喜びそうになった鈴は、ふと千尋と梨苑に届いていたという苦情を思い出したが、千尋はゆるゆると首を振る。


「遠慮なく喜んでください。他の部署が私に言ってくる苦情など、ただの怠慢の結果に過ぎませんから。ただ、鈴さんのお弁当を食べられなくなるのが残念ですよ」


 そう言って悲しげに視線を伏せる千尋を見て鈴は思わず笑ってしまった。


「どうせ千隼のお弁当は毎日作るのですから、これからも千尋さまの分も作ります」

「私は屋敷に居るのに?」

「はい! 瑠鈴の分も私の分も、皆の分も」


 そしてお昼になったら皆で外で食べるのも良い。それを告げると千尋は嬉しそうに微笑んで頷いてくれる。


「でも大変ではありませんか?」

「実は昼食を作るよりもお弁当の方が経済的にも手間もかからないんです。だから少しだけサボる事が出来ます!」


 自信満々に言うと、それを聞いて千尋が声を出して笑った。


「おやおや、これは堂々としたサボり発言ですね。では私もその計画に加担するとしましょう」

「はい、是非!」


 こんな事を千尋に悪びれる事なく言えるようになったのは、一体いつからだろう? 都にやってきてすぐに、千尋に遠慮をして辛い思いをしたあの日が既に懐かしい。


 千尋に出会ってから毎日があっという間に過ぎていく。そして今、地上に居た時よりもさらに早く感じるのは、きっと生きていると実感出来るからなのだろう。


 見た目で差別をされない、英語を話しても怒鳴られる事もない、こんな些細な事なのに、たったそれだけの事なのに。


 千尋を始めとする家族は今や鈴の生きる目的だ。今までは自分だけがそう思っているのだろうと思っていたけれど、最近は千尋もまたそう感じてくれていると思えるようになってきた。


「私は愚か者でした。千尋さまからの愛情をしっかりと受け取っているはずなのに、それをきちんと理解出来ていなかったのです。表面的な事しか見えていなくて、千尋さまに相応しくならなければと思い込んでいました。でも……千尋さまの愛情はそんな見える所だけでは無かったのだと言う事にようやく気付けてから、私は私のままで良いのかもしれないと思えるようになったのかもしれません。それと同時に千尋さまの中にある弱い部分を支えられるようになりたいと思うようにもなりました。以前はそんな事を思ったら自分でそんな思いを否定していたのです」

「否定、ですか?」

「はい。私なんかが烏滸がましい。生意気かもしれないって。でも……違うんですね。千尋さまはいつも私に、私だけに心を打ち明けてくれる。それに気づいた時、あなたをもっと愛しいと思うようになり、ようやく烏滸がましいと思ったり生意気だなんて思わなくなったんです。千尋さま、私は間違えていませんか?」


 都にやってきて投石事件の時の事を思い出した鈴は、あの時に初めて心の底からそう思うことが出来た。


 それまではどこか千尋に遠慮をして、完璧な千尋に相応しくならなければならないと思っていたけれど、そうではないのだと教えてくれたのはやっぱり千尋だ。


「間違えてなど! あなたが私を尊敬し、尊重してくれるように私もあなたを尊敬しているのです。尊重は……したいのですが、どうしても心配が先に立って以前のように間違えてしまう事もありますが……」


 珍しく申し訳なさそうな口調の千尋に鈴はしがみついた。


「それは仕方ありません。だって、あなたは今もずっと私だけの龍神さまですから。龍神さまが誰かを思い守ろうとするのは自然の摂理です。でも駄目ですよ? 千尋さま。千尋さまはもう私と家族以外の龍神さまになっちゃいけません。約束です」


 こんな事を言ったら怒られてしまわないだろうか? 

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