「分かりました。我が子ながら我の強さがなかなかですね」
「本当です。千隼の時は皆に与えられるがまま好き嫌いなく食べていた気がするんですけど、瑠鈴は既に好き嫌いが激しくて」
「自己主張も強いですもんねぇ」
「そうなんですよ……」
腕を組んで考え込む千尋と鈴の元へ、猫雅と瑠鈴を抱いた栄がやってきた。
「全くだ。親の顔が見てみたいもんだ」
「むしろあんた達にそっくりじゃないか。ほら、ミルクの時間だ」
「雅さん! 栄さん! ありがとうございます。何かご迷惑をおかけしてませんか?」
鈴はベッドから下りて瑠鈴を受け取ると、ベッドに戻ってきて瑠鈴の顔を覗き込んで微笑み頬を撫でている。そんな姿を隣で見ることが出来る幸せを千尋が噛み締めていると、雅と栄は顔を見合わせて言った。
「迷惑被ってんのは千隼だよ」
「だな。今の今まで瑠鈴は寝落ちそうな千隼に笑顔で飛びかかっては叩き起こして、を繰り返してたんだ」
「どうやっても千隼と一緒に居たいのですねぇ」
瑠鈴は千隼を既に兄として慕っているのかどうかは分からないが、とにかく千隼の側に居ようとする。毎日の幼稚園への送り迎えも一緒に行くと言って聞かないし、幼稚園で別れる時もこの世の終焉かと思うほど大暴れして千隼に頬にキスしてもらうまで諦めない。
「あの兄妹が今から心配だよ、あたしは」
「雅の言う通りだ。毎朝幼稚園で暴れ倒すもんだから近所の人たちに瑠鈴が何て言われてるか知ってるか?」
「何と言われているのです?」
栄の笑いを堪えるような言葉に千尋が首を傾げると、栄と雅、そして鈴までもが顔を見合わせて千尋をじっと見てくる。
「何です?」
「いや、小さい千尋って呼ばれてんだよ」
「小さい私?」
意味がわからなくて鈴を見ると、何故か鈴は顔を輝かせて頷いてくれたのだが、雅は呆れたような視線をこちらに寄越す。
「千隼との別れを大げさに泣いて抗議する姿が、まるで鈴を傷つけられた時のあんたみたいだってからかわれてんだよ」
「何せお前、円環まで出したからなぁ」
「……それはそれは……喜べば良いのでしょうか……それとも悲しむべきですか?」
複雑な思いで鈴を見ると、鈴は瑠鈴にキスしながら千尋を見上げてくる。
「もちろん喜ぶべきです! 千尋さまにそっくりだって事ですから!」
「そう……ですか?」
千尋は鈴の腕の中で機嫌よく撫でられているが、その手を放した途端に顔を歪める。そしてまた鈴が撫で始めると機嫌を直す。そんな様はまさに自分だ。
「それにそんな風に皆さんがからかい混じりに言ってくれるほど、千尋さまの存在を身近に感じるようになってきたという事です! 千隼や瑠鈴を通して皆さんが千尋さまや神森家の皆の事を感じてくれているのだと思うと私は嬉しいです」
「それはそうかもしれませんね。子どもは親の鏡です。逆も然りですね」
いつか羽鳥が言っていたように、自分達の子どもを自分たちで育てるという当たり前の事が都に根づく一因に自分たちがなっているのなら、それほど嬉しい事はない。
「ただよぉ、千尋。瑠鈴は下手したらお前よりも力あるかもしんねぇぞ」
栄は瑠鈴を覗き込んで心配そうにポツリと呟いた。その言葉に千尋も頷く。
それは千尋自身も感じていた事だ。瑠鈴の力の流れはまるで激流だ。その力は既に千隼を軽く凌駕している。
「私もそれを懸念しているのですよ。私が子どもの頃と比べた訳ではないので何とも言えませんが、それも含めて気をつけなければいけません」
恐らく流星もそれに気づいたから瑠鈴の側に居ろと千尋に告げたのだろう。それぐらい瑠鈴の力は強い。この力を正しく伸ばす事が出来るかどうかは、全て自分たちにかかっている。
千尋が考え込んでいると、ふと思い出したかのように雅が口を開いた。
「そう言えば千尋、せっちゃんから完成したって連絡があったよ」
それを聞いて千尋は顔を綻ばせる。
「そうですか! ではこれでいつでも下りる事が出来ますね」
「そうだね。しかしあんなとこにあんな物……まぁ別にあたしは構わないんだけどさ。あそこはあたしにとっても思い出の場所だ」
それだけ言って雅は身を翻して出ていってしまった。そんな会話に鈴と栄は首を傾げているが、そんな二人に千尋は微笑んで言う。
「まだ内緒ですよ」
と。