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第476話

 千尋と栄は瑠鈴の強大な力の心配をして将来を憂いているようだが、鈴は実を言うとさほど心配はしていなかった。


 もちろん癇癪を起こしたりして誰かに危害を加えたりしたら大問題だが、龍が力を使うのは何かが不便だと思った時や、満たされない何かがあった時だと知っている。


 鈴は瑠鈴を千尋に渡して難しい顔をしている千尋の顔を覗き込んだ。


「千尋さま、大丈夫ですよ。瑠鈴も千隼も優しい強い子になります。そして都一幸せな人生を送ります。絶対に」

「……そうですか?」

「はい! これは私の両親が毎日言い聞かせてくれた言葉です。現に私は今、世界で一番幸せな人生を送っていると思っています。千尋さまは違うのですか?」


 小首を傾げて尋ねると、千尋の体からフッと力が抜けた。


「そうですね。鈴さんの言う通りです。そんな世界一幸せな夫婦に育てられた子たちが、幸せにならない筈がありませんね」

「はい!」


 千尋の微笑みを見て鈴が笑うと、瑠鈴も千尋の腕の中で声を上げて喜んだ。


 鈴達の感情は瑠鈴にはすぐに伝わるのだろう。だからこそ自分たちが安定していなければならない。これは千隼の時に思った事だ。


 鈴の意図をいつも正しく汲み取るのは千尋だ。千尋は片腕で瑠鈴を抱いたまま、鈴に向かって手を伸ばす。


 そんな千尋の胸に鈴はいつものように飛び込んだ。それを見て音もなく栄と雅が出ていく気配がする。


 それから瑠鈴にミルクをやって自分と千尋の間に瑠鈴を寝かせると、瑠鈴を挟んで鈴は千尋と向い合せになった。


「ところで千尋さま、そんなにも瑠鈴の力は強いのですか?」

「ええ、恐らく。まだ赤ん坊なのではっきりとは分かりませんが、栄も言った通り私よりも強いかもしれませんね」

「それはつまり、愛する人をどうにかされると都を滅ぼしてしまいそうになるぐらい、という事ですか?」


 真剣に尋ねたのに、鈴の質問に千尋は小さく噴き出して頷く。


「そうですね。それぐらい強いと思います。うっかり怒って円環を出してしまうぐらいだと思います」

「ち、千隼に何かあると危険だと言う事ですね!」

「ええ。まぁ逆に言えば誰からも狙われなくなりますよ。これほどの力があれば。ですがそれは大きくなったらの話です。小さいうちは攫われでもしたら一大事ですから、やはり私に家で仕事をするよう言いつけた流星の判断は正しいですね」


 千尋の言葉に鈴は少しだけ首を傾げた。何かが心に引っかかったのだ。そんな鈴を見て千尋は慌てて言い直す。


「すみません、失言です。たとえ瑠鈴に力が無くとも、誰かに攫わせるような事はしません。絶対に」


 千尋の言葉を聞いて鈴はようやく納得して頷いた。そんな鈴を見て千尋はホッとしている。


「すみません。やはりまだどこかで力の強さでその人を推し量る癖が抜けていないのでしょうね……」


 自分にがっかりだと言わんばかりの千尋に鈴は首を振った。それは違う。千尋の立場であれば、そういう風に考えるのは仕方のない事だと分かっている。


「千尋さま、そんな顔をしないでください。千尋さまは都を守るという大切なお仕事をしているのですから、それは仕方ありません。むしろ、家族の事と全ての都に住む人達の事を同時に考える事が出来る千尋さまは、やっぱり尊敬すべき人だなって実感しました!」

「鈴さん……あなたは本当に、どれだけ私に寄り添ってくれるのですか?」

「それは私も常々千尋さまに感じる事です。千尋さまはいつだって私の心を汲み取ってくれる。私がその時には思い至らない未来に、出来るかもしれない傷でさえ先回りして回避してくれようとする。私はそれに後から気づく度に胸がギュッとなるのです」


 そう言って鈴が千尋に手を伸ばすと、千尋はそんな鈴の指に自分の指を絡めて手の甲にキスしてくれる。そして切なげな優しい声でぽつりと言った。


「……本当にどこまでも愛しい人ですね、あなたは」

「それは千尋さまもです」


 鈴と千尋は人間と龍という種族が違う者同士だからか、いつだって互いの気持ちを汲み取ろうと必死だ。気がつけばそれが日常になっていて、鈴は千尋の心を、そして千尋は鈴の心を一番に考えるようになっていた。こんな風に自身の事に疎い鈴にでも自信を持たせてくれるのは、いつでもどこでも鈴に愛情を示してくれる千尋だからこそだ。まぁ、そのせいでいつも「人前で戯けるな!」とあちこちから叱られるのだが、それぐらいが鈴には丁度良い。


「おやすみなさい、千尋さま」

「ええ。おやすみなさい、鈴さん」


 瑠鈴を間に挟んで、手は千尋と繋いだまま鈴は眠りに落ちた。


 翌日、千尋は久しぶりに朝から職場へと向かった。帰りは夕方ぐらいになるだろうと言っていたので、お弁当にもついつい力が入ってしまったのは内緒だ。


「今回の弁当は味噌汁もつけたんですか?」


 千尋のお弁当の残りを皆のお弁当に詰めながら、喜兵衛がおかしそうに水筒に味噌汁を入れる鈴を見て笑った。もちろん皆の分もお味噌汁が入った水筒つきだ。


「そうなんです。やっぱり温かい汁物も必要かなって思いまして」

「きっと千尋さまも喜ぶと思います。でもちょっと飲みにくくないですか?」


 アルミ製の水筒は飲み口が狭い。確かに喜兵衛の言う通りかもしれないと思った鈴が愕然としていると、そこへ今日の草取りを終えた弥七と楽がやってきた。

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