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第478話

「さて、皆集まったかなー」


 いつもの軽い調子で羽鳥が最後にやってきて、皆の前に並べられた資料の一枚を手に取った。


「早速始めるけど、その前にこの中に一人、この事を知っていて隠してた者がいるよね? ここで自ら名乗り出るなら減刑するけど、どうする?」


 羽鳥の声音も表情もあくまでもいつも通りだが、目が笑っていない。


 しばらく待っても誰も名乗り出ないので羽鳥は深い溜息を落として口を開いた。


「名乗り出ないようだから会議の最後に大々的に僕が指名する事にするよ。僕の目と耳を懐柔しようとしたようだけれど、そうはいかない。裏切りを繰り返すような輩と一緒にはしてほしくないね。さて、本題だ。手っ取り早く要件だけを告げる事にしよう。まず一つ、近々初が目覚めそうだ。それから前王がこちらに戻りたがっている。さらにもう一つ、初達が使っていた原初の水が消えた。以上」


 羽鳥の言葉に会議室が静まり返る。どの案件も思っていたよりも厄介そうだと皆も感じているのではないだろうか。それを聞いて深く頷いて短い息を吐いた千尋の腕を、隣から流星が小突いてくる。


「何その顔。驚かない感じ?」

「まぁ、想定内です。五月さん達が動き出した以上、初を利用しようとするのは目に見えていましたし、外から戻ってきた龍が原因不明の死を遂げる前に、誰かと王の言い争いを聞いたと仰っていたそうなので、王は何かを知り身の危険を感じているのかもしれないという事と、原初の水が今回の異臭騒ぎと何らかの関係があるかもしれないと個人的に疑っていたので」

「あ、そ」


 呆れたような顔をして流星は千尋を見るが、鈴を、家族を守るにはありとあらゆる方向に常に警戒していなければならないし、考えうる限りの手段も考えておかなければならない。


「それにしても保管されていた原初の水が消えた、という事は内通者はあなたですか」


 千尋が指さした先にはまだ若い高官になりたての若者が堂々とした態度で座っている。絶対に逃げ切れるという自信があるのだろうが、そうはいかない。


 高官に推された者の素性は全て千尋を通し、羽鳥を経由してから他の高官達の所で承認を得なければならない。


「自分は何も知りません。高官の座についたのはつい先日の事ですから。やったとすれば兄です」

「そうですね。あなたの前任はあなたの兄でしたね。その兄が急死したという事であなたが急遽その穴埋めに入った。ですが、それは本当でしょうか?」

「……どういう意味ですか?」

「そのまんまですよ。あなた、元々ここに居た兄の方でしょう?」

「何を言って——」


 高官は怒りを堪えて千尋を睨みつけてくるが、千尋はそんな高官を見つめ返す。


「あなただけですよ、この中で自分が上手く双子の弟に化けられていると思っているのは。ねぇ?」


 隣に居る流星に問いかけると、流星は戸惑ったような顔をして千尋と高官を交互に見つめる。まさか気づいていなかったのか? 


「正直に言うと全く気づかなかった。ごめん。ていうか、なんで千尋くんは気付いたの」

「私ですか? そりゃ私は水龍ですから。一人一人の血の流れが手に取るように分かるので。たとえ双子であっても、どれほど姿形や声が似ていようとも、血の流れを全く同じにする事は出来ません」

「知ってて彼を通したのね? その様子だと羽鳥も?」


 責めるような桃紀の言葉に千尋は躊躇う事なく頷いた。そしてそれは羽鳥もだ。


「もちろん。やけに千尋がすんなり通したからこれはおかしいと思って調べたんだ。そうしたら確かに彼の一家から死人が出ていた。それはあの居酒屋で死んだ龍と同じで、食事中に突然亡くなったらしいってね。これは同一犯の可能性、もしくは同じ毒を使ったかもしれないと考えるのが妥当だ。だから僕は千尋の無言の提案に乗ったんだよ。他にも気づいた人は何人か居るんじゃない?」


 羽鳥の問いかけに数人の高官が厳しい目をして頷く。千尋の泳がせろという作戦は、どうやら半分ぐらいは成功していたようだ。


 これに気づかせてくれたのは鈴だ。


「やはり鈴さんに相談をして良かった」


 ぽつりと言うと、羽鳥と息吹が同時に首を傾げる。


「鈴さんのおかげなの?」

「なんだよ、鈴が貢献してんのか?」

「ええ。最初は確かに彼の血の流れが少しも変わらない事を不思議に思っていたのですが、それを深く考えてはいなかったのですよ。彼が双子だと言う事は知っていましたし。ですがどうにも引っかかって鈴さんに何気なく相談すると一冊の本を貸してくれまして。ああ、なるほど、と」


 鈴は千尋の話を聞いて、ある本を貸してくれた。それは半月ほど前に節子が地上から送ってくれたアガサ・クリスティというミステリー作家の『アクロイド殺し』という本で、その本の内容を目を輝かせながら語ってくれたのだ。

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