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第481話

「ところで初が目覚めるかもしれないって? 早くない?」


 内通者が会議室を出て行き、しばらくは沈黙していた流星が口を開いた。


「通常では考えられないけどね、そういう話が都外で出てる。前に菫さんにおかしな手紙が届いた事があったでしょ? あれの差出人が五月と千眼の想い人だった琴音だって事が分かったんだ。彼女たちは一日に何百通もの手紙を都のあちこちに送ってたみたいだよ」


 羽鳥が言うと、羽鳥といつもやり合っている部署の高官が羽鳥の隣で深いため息を落として重い口を開く。


「それをうちで独自に調べさせてもらったんだが、届いた手紙に返信をするとまた違った内容の手紙が返ってきた。その内容がこれだ」


 高官はそう言って一枚の手紙を持ち上げて一、二度振ってみせると、そのまま羽鳥とは逆方向の高官に回す。千尋の手元にその手紙がやってきたのは、しばらくしてからの事だ。


「これはまた……つまり、またしても原初の水を使おうとしているという事でしょうか」


 手紙には皆の願いを叶えるには原初の水が必要で、その本来の力を引き出すために沢山の祈りが必要だと書かれていた。その祈りを捧げるにはここに血判を押して送り返して欲しい、とも。


「そういう事だね。そこの所はどうなの? 流星。あの水には他にも使い道があるのかな?」

「今回の事に繋がるかもしれない話なら一つあるにはあるけど、契約の内容に背くことになる」


 難しい顔をして腕組をした流星を見て千尋を始め全員が深い溜息を落とす。王は原初の水について唯一知る龍だ。


 けれどそれを他者に漏らしてはいけないという契約を前代の王と結ぶという。万が一その契約を破ればその時点で原初の水が王を食らい殺すのだとほとんどの龍が幼い頃に習ったはずだ。


 その為に流星は直接その事をここで話す事は出来ないのだが、それが分かれば今回の事について少しは何か発展しそうだと踏んだ千尋は口を開いた。


「ふと思ったのですが、流星に水の事を尋ねるのは酷です。けれど、こちらが想像した話に対して流星が何かしらの反応を見せるのであれば、問題ないのでは?」


 千尋の問いかけに羽鳥は、なるほど、と手を打ってくれたが他の高官達は皆、白い目をこちらに向けてくる。


「ちょちょ! あのさぁ、罰受けるの俺なんだけど!?」

「分かっていますとも。だからこそ私達が勝手に想像するのですよ。それなら構わないでしょう?」

「お、俺は反応しないからね! まだやりたい事山程あるんだから!」

「もちろんです。私だって何も鬼ではありませんから。別にあなたが反応しなくても構いません。ただ心音や血の流れを聞くだけです」

「鬼じゃないか!」

「仕方が無いではないですか。あちらは明らかに違法だと思われる事をしようとしているのですから。けれど前王が食らい殺されたという話は聞きません。つまり、前王も同じような手段を取られて五月さん達に情報を漏らした可能性があるとは思いませんか?」


 千尋の言葉に高官達がざわつく。


「もしかして、だから前王は都に戻りたいと言っているという事なの?」


 表情を険しくした桃紀の言葉に千尋は頷く。それしか考えられない。外に居ては危険だ。そう感じる何かがあったのだろう。


「そうかもしれないね。よし、千尋の提案に乗ろう。皆、考えつく限りの原初の水についての想像を語って。千尋は流星の心音を聞いて跳ねたらそれを書き出して欲しい。それから前王は早く保護した方がいいかもしれないね」

「すみませんね、流星。これも鈴さんの為です」


 微笑んで隣に座る流星を見ると、流星は完全に青ざめている。


「嘘でしょ!? ねぇ、冗談だよね!? ちょっと待って、駄目だってば! 明日の朝俺が消えてたらどうすんの!? あと君は嘘でも鈴さんの為じゃなくて都の為って言えないかな!?」

「言えません。嘘など極力つきたくは無いですからね。何せようやく見つけた運命の番なのです。私はもう大分前に鈴さんの為に生きると決めました。さぁ、それでは皆さん始めてください」


 千尋は筆と紙の用意をしてじっと耳を澄ませた。それが合図だったかのように皆が口々に原初の水についてのあらゆる可能性を話し始める。


「——原初の水は粘液だと聞くが、それを体内に入れる事で何らかの力を得るのではないか?」

「だが劇薬だとも聞く。そんな物を体内に入れたらすぐに死んでしまうぞ!」

「そうよね。恐らくそうやって毒殺したんだと思うもの。それはあいつに聞けばすぐに分かるんじゃない?」

「そうだね。それは息吹の尋問待ちだ。それよりもっと何か重要な事が隠されてると思うんだ。何せ原初の水は都では小さい頃から禁忌として聞かされてきたんだから」


 羽鳥の言う通りだ。絶対に触れてはいけない存在、それが原初の水だ。どこかに隠されていてそれは王しか知らない場所にある。それが都に伝わる原初の水の伝説だ。


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