「半分正解で半分不正解です。雅への嫌がらせで無くとも、私は鈴さんを愛でたいので」
「ああ、そうかい。それで、運んでもいいかい?」
「お願いします。ところで千隼と瑠鈴は?」
そう言えば居ない。この時間になると千隼なんかは誰よりも早く食堂へやってきて席についているというのに。
「あんた達が戯けてんの見て栄があたしらの食堂に連れてったよ」
それを聞いて鈴は思わず言った。
「あの、良いんですか? あの子達が居たら皆さんご飯食べられないんじゃ……」
「大丈夫だよ、鈴。弥七なんか瑠鈴に飯やるんだって喜んでたから。それに千隼も最近は手伝ってくれるしな。たまにはあんたはここでゆっくり千尋と飯食いな」
子どもたちと食事をするのは、ほぼ戦争だ。鈴はそれを千隼の時に痛い程身にに染みて感じた。そして瑠鈴が生まれてまた同じことを感じている。
皆の気遣いが嬉しくて思わず感動していると、隣で千尋が言う。
「それは助かりますね。ありがとうございます」
それを聞いて雅が半眼になって千尋を見上げた。
「あんたはもっと苦労しな」
ピシャリと冷たい声で言うと、雅は夕食を運んできてくれた。それを手伝いながら千尋は拗ねたように小声で文句を言う。
「どうして雅はあんなにも私にだけ辛辣なのでしょう?」
「愛です!」
「そうですか?」
「はい!」
「……そういう事にしておきましょうか」
どこか納得のいかない様子で千尋は手伝ってくれるが、ふと雅の横顔を見ると楽しそうだ。やはり、愛である。
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夕食を終えてしばらくすると羽鳥がやってきた。時間にルーズな羽鳥にしては珍しく指定した時間通りだ。
「チビちゃん達は?」
「もう寝ましたよ。羽鳥くんが来るまで寝ない! と頑張っていましたが無理だったようです」
羽鳥から手土産を受け取りながら答えると、羽鳥は残念そうに微笑む。
「遊びたかったのにな。今日このまま泊まっても構わない?」
「それは鈴さんに聞いてみないと。うちの女主の権力は絶大ですから」
「はは! 確かに鈴さんは今や君よりもこの屋敷で権力を持っていそうだ」
「全くです。何かあると皆が私よりも鈴さんにつきますからね」
「その割には嬉しそうだね」
「そうですね。そのおかげで私は安心してこの屋敷を鈴さんに任せる事が出来るのです。いつかあなたが言ったように、花嫁を家人が大事にしてくれるのはありがたい事ですよ」
こんな風に考える事が出来るようになったのは、一体いつからだろうか。最近は特に強くそう思うようになった。もちろん鈴には危ない事はしてほしくはないが、この屋敷の事を誰かに任せる事が出来るというのはとても助かっている。
「それで、何か面白い話が始まるのかな?」
「ええ。どうぞ、こちらです」
そう言って客間に羽鳥を案内すると、程なくして鈴と雅がお茶とお菓子を持って部屋へとやってきた。
「それじゃ、あたしは失礼するよ。羽鳥、あんた泊まるんなら早めに教えてくれよ? この間みたいに酔いつぶれて帰れないなんて事になる前に!」
「あー……はい、善処します」
「よろしい。それじゃ、あたしはあいつらと寝てくるよ。あと鈴をあんまり夜ふかしさせるんじゃないよ!」
それだけ言って雅がくるりと踵を返して鈴の頭を撫でて部屋を出て行った。そんな雅を鈴は嬉しそうに目を細めて見送っている。
「雅さんは本当にしっかりしているね。あ、鈴さんこんばんは」
「こんばんは、羽鳥さま。遅くに呼び出してしまって申し訳ありません。ご足労いただいてありがとうございます」
きっちりと挨拶をする鈴を見て羽鳥は恐縮した様子で頭を下げる。
「あ、こちらこそ遅くに申し訳ありません……って、そんな畏まらなくて良いよ」
「そうですか?」
「うん。で、これから何の内緒話が始まるのかな?」
興味津々な羽鳥に、千尋は鈴と顔を見合わせて先ほどの話を羽鳥に話した。
そして最後まで言い終えると、羽鳥はお菓子を持ったまま何かを思案するかのように宙を見つめている。
「気づきましたか?」
固まっている羽鳥に千尋が声をかけると、羽鳥はまるでブリキのおもちゃのようにぎこちなくこちらを向いた。珍しくその顔は青ざめている。
「ああ……今の話を聞く限り、原初の水自体が本来この世に存在していてはいけない物だった可能性がある……ね」
「ええ。原初の龍の死因は明らかにはなっていませんが、もし死の間際に何らかの形でその血を大量に抜かれ、そして今の今まで保管されていたのだとしたら、それをした者こそが大罪人です」
「そしてそいつが王にだけ原初の水が伝わるようその隠し場所を教え、なおかつそれ以外の者に教えると呪がかかるなどと吹聴したって事……か」
「可能性ですけどね。どう思いますか?」
「どう、も何もそんな突拍子もない話……でも納得いく部分が多すぎる。流星に確認を取りたいけど万が一を考えると怖いし……あと、僕は鈴さんが原初の水を舐めた事にも驚いてるんだけど、大丈夫だったの?」
「はい、特に何もありませんでした」
「そう? でもそっか……君は無意識のうちに龍の力を体に宿したのか……それが千尋との縁を繋いだのかもね」
そう言って羽鳥が微笑んだ。