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第490話

「良い子だね、鈴さんは。でも大丈夫。君はもう十分な情報をくれた。情報って言うのはね、時としてどんな物よりも武器になるんだよ。そこから導いた仮定の話を証明するのは僕達の仕事だ。千尋、鈴さんがこの情報を知っているという事は、あちらには絶対にバレてはいけない」

「もちろんです。鈴さん、今日の話は絶対に誰にもしてはいけませんよ? その秘密を絶対に守り通す。これが一番の鈴さんの使命です。万が一あちらも知り得ない情報が今の中にあったとしたら、あなたこそが切り札になる」


 もう既に鈴は千尋の弱点なのだが、鈴が知り得た情報はかなり貴重だ。真剣な千尋の顔を見て鈴はハッとして頷いた。


「は、はい! お墓の中まで持っていきます!」

「ふふ……ええ、そうしてください」


 相変わらずどこで覚えたのか分からないような言葉を使う鈴に、千尋は思わず微笑んでしまった。


 少しでも千尋の役に立ちたい。その思いは今もずっと変わらないが、昔と違うのは鈴にはもう守らなければならない家族が居るという事だ。


 羽鳥と千尋はその後も二人で遅くまで話し込んでいたようだが、鈴は明日の朝の事もあるので早めに退席させてもらった。


「ふぅ……また剣の稽古始めようかな」


 久しぶりに自室のベッドで天上を仰ぎながらそんな事を呟くと、ベッドに何かが上ってきた気配がする。雅だ。


「なんだ、今戻ってきたのかい?」

「雅さん!」


 鈴は体を起こして猫雅を抱きしめると、雅は喉を鳴らしながら鈴の顔を覗き込む。綺麗なアーモンド型の目はいつもキラキラと輝き、まるでビー玉のようだ。


「何か難しい話ししてたね。大丈夫かい? また何かに巻き込まれそうとかじゃないよな?」

「……分かりません。でも、何があっても私は子どもたちを守るって千尋さまと約束をしました!」


 意気込んで言うと、雅はゆっくりと尻尾を揺らす。


「そうかい? でもあんまり無理するんじゃないよ、鈴。あんたが居なくなっても困るんだからね。今やこの都はあんたが機嫌良く暮らしているかどうかで未来が決まるって言ってもいい」


 何故か自信満々にそんな事を言う雅に鈴が首を傾げると、雅が歯を出してニカッと笑った。


「あんたに万が一にでも何かあってみな? 間違いなく千尋が都を沈めちまう。それにあたしだって黙っちゃ居ない。他の皆もだよ。それぐらいあんたの存在は神森家にとって、引いては都にとっても重要な存在なんだ。それをよーく覚えときな!」


 小さな鋭い爪先が鈴の鼻の頭にチクッと刺さった。その痛みが鈴の気を引き締めさせる。


「はい!」


 流石の千尋もそこまではしないだろうとは思うものの、あの円環を出した時のように我を忘れてしまうという可能性もある。


 鈴にとって千尋が無くてはならない存在なのと同じで、千尋にとってもまた鈴は無くてはならない存在なのだから。


「よろしい。あんた達はあたし達から見ても唯一無二の番だ。千尋はあんなだから、あんたはこれからも嫌な思いや苦しい思いもするかもしれない。でもあんた達はそれをちゃんと二人で乗り越えるんだよ。相手にいつまで経っても遠慮してちゃ駄目だ。そうしたらいつかあんたの両親みたいになれる」

「っ……はいっ!」


 鈴にとって理想の夫婦というのはいつまでも亡くなった両親だ。あの二人のようになりたい。亡くなるその直前まで互いを思い合っているような、そんな夫婦になりたい。


 千尋は雅が千尋にだけ厳しいと思っているのかもしれないが、雅は鈴にだってちゃんとこうして諭してくれる。言葉は幾分優しいが、千尋だけが悪いわけではないのだと、きちんと教えてくれるのだ。


 鈴は雅を抱きしめたままベッドに転がると、目を閉じた。


「dadは亡くなる直前、病院でmumに宛てた手紙を書いたそうなんです。mumは最後までその時の手紙の内容を私に教えてはくれませんでした。でも、きっとmumの事が書いてあったんだろうなって思ってます」

「思ってますって、その手紙はどうしたんだい?」

「それがいくら探しても見つからなかったんです。一緒にお墓に入れようと思っていたのに、mumはその手紙をどこかに隠してしまったみたいで……そのまま家の片付けが入って私は日本に来てしまったので……」


 死の淵で書いたという父の手紙は一体どこへ消えてしまったのか鈴にも分からないけれど、きっと母が天国へ持って行ったのだろうと鈴は信じている。


「そうか。でも案外どこかからひょっこり出てくるかもしれないよ」

「そうでしょうか? でも私が日本に持ってきたものなんてほとんど無いんですが……」

「う~ん……まぁ、思い出は綺麗なままで取っておくもんだ! な!」


 鈴の言葉を聞いて雅もそれはもう無いかもしれないと思ったのだろう。枕元でニッと笑って鈴のおでこに肉球を押し当ててそんな事を言う。


「そうですね!」


 そんな雅に釣られたようにひとしきり笑うと、その後も雅と幼い頃の思い出話をしながら眠りについた。

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