「これだけですか? あなたのは?」
「これはその……今日受取りに行ったら店主さんが、余った石で同じものを作ったから是非とも夫婦でつけてくださいってくれたんです……こんな高価な物を頂いてしまうなんて本当に申し訳なくて……今後、装飾品の類を新調する事があれば、一生あのお店に行くと誓います」
そこまで言って青ざめた鈴を見て千尋は吹き出した。店主はきっと提携先が見つかった事を喜んで鈴に謝礼としてこの耳飾りを贈ったのだろうが、当の本人はそんな事は考えつきもしなかったようで、完全に店主が善意でくれたのだと思い込んでいる。
千尋は鈴を抱き寄せて鈴の髪をかきあげ耳飾りを見つめた。そんな千尋に鈴は照れくさそうだ。
「私、今まで宝石なんて興味も無かったのに、この石だけは千尋さまにつけてもらいたいって何故か凄くそう思ってそれで——」
恥ずかしいのかやけに饒舌な鈴から体を離した千尋は、その場で耳飾りを取り付けた。
「似合いますか?」
髪を耳にかけると、その微かな衝撃で軽やかな鈴の音がする。それはまるですぐ側に鈴が居るかのようだ。
「はい! とても!」
千尋を見て嬉しそうに微笑んだ鈴は、今度は顔を真っ赤にして言う。
「本当は瑠璃の板だけだったんですけど、どうしても私も一緒に居たくてつい自我を出してしまいました」
「この鈴の部分ですか?」
「はい。でも煩かったら外してくださいね。手元に置いておいてもらえるだけで私は幸せです」
そう言って耳まで赤くして微笑んだ鈴を千尋は掻き抱いた。
「大切にします。それに煩いなんだなんてとんでもありませんよ」
鈴の耳元に軽いキスを落として言うと、鈴は千尋の胸に頬を寄せてきた。その途端、軽やかな鈴の音がチリンと小さく鳴った。
♡
生まれて初めて耳に穴を開けた。雅に頼み込んで開けてもらったのだが、最初のうちはヒリヒリしていたのに、今では気がつけば穴を開けた事すら忘れてしまう程だ。
鈴が動く度に耳元でチリンと小さな鈴の音がする。可愛らしい音だ。何よりも千尋とお揃いで身につける物が増えた事が嬉しい。
周りの人たちはそんな千尋に大層驚いたようだが、親しくしている友人たちは最初から「鈴さんとお揃い?」と尋ねて来たという。
千尋が鈴を溺愛しているという事はもう都では常識になりつつあると栄は言っていた。それはとても嬉しくて恥ずかしい。
けれどそのおかげか最近では都に越してきた時よりもずっと皆が気さくに話しかけてくれるようになった。そのおかげで鈴にとっては今は地上よりも都の方が生きやすい。それもこれも全部、千尋が尽力してくれているおかげだ。
千尋はあの日から本当に毎日書庫に通っては原初の龍についての本を借りてくる。そのついでに鈴には何か面白そうな本を、そして千隼にも絵本を借りてきてくれていた。
ある日の夜、居間で子どもたちと寝る前の団らんをしていると、瑠鈴とおもちゃで遊んでいた千隼がふと鈴の耳飾りを指さし言う。
「ママ、そのお耳のやつ千隼もしたい」
「もう少し大きくなったらね。これは大人の証なんだよ」
「千隼はもう大人だもん!」
「えー? でも大人は寝る前に絵本も読んでもらえないし、お風呂から出たら自分で体も拭けないと駄目なんだよ?」
もう大人だと言い張る千隼に鈴が宥めるように言うと、千隼は少しだけ考えて鈴を指さしてきた。
「ママもパパに寝る前にお話ししてもらってるよ? パパはたまにママに髪拭いてもらってる」
その言葉に鈴は思わず息を呑んだ。子どもはとてもよく見ている。
「そ、そう言われるとママもパパもまだ子どもかもしれないね……」
そんな事を指摘されて思わず怯んだ鈴の後ろから雅の笑い声が聞こえてきた。
「あんたが言い包められてどうすんだい! 千隼、大人ってのは自分で狩りをしてきてやっと一人前なんだよ。もちろん内蔵とかの処理は自分でするんだ。どこを食べてどこを捨てるか、そういう知識を——」
「雅、それは猫の大人の定義でしょう? うちの子は龍ですよ」
「千尋さま!」
「パパ!」
団らん室にお風呂上がりの千尋がやってきた。
「今日は何をして遊んでいたのですか?」
「ボール遊びです。千隼が蹴ったボールを瑠鈴が追いかけるという謎の遊びをしていました」
お風呂上がりの千尋は妙な色気があっていつもドキドキする鈴だが、そんな事は悟られないようにそっと目を逸らしていると、そんな鈴に気づいたのか千尋が鈴の隣に腰掛けて鈴の耳元で囁いた。
「大丈夫。あなたはもう立派な大人ですよ。何せ私にあれだけの頻度で婚姻色を出させる事が出来るのですから」
「ち、千尋さま!」
子どもたちの前で何を言い出すのかと思ったら!