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第504話

 初や五月達が千尋の事を今はどう思っているのかは分からないが、そこだけは見誤ってくれるなと願うばかりだ。


「君も大概危ういなぁ」

「重々承知していますとも。羽鳥、その文通相手に会う日と場所を教えて下さい。私も行きます」

「来てなにするの」

「何も。見るだけです。どういう人達が今、前王達の側に居るのか確認はしておきたいので」


 千尋の言葉に羽鳥は頷いた。何か思う所があるのだろう。


 やはりあの時、逆鱗を傷つけるだけでなく処分しておけば良かったかもしれない。思わずそんな事を考えそうになり、その考えを打ち消すかのように千尋は頭を振った。


 と、その時だ。温室の中から瑠鈴と思われる泣き声が聞こえてくる。


 その声に千尋はハッとして慌てて温室に戻ると案の定、瑠鈴の寝ていた場所が濡れていて、困り果てたようにその両脇では瑠鈴の粗相によって濡れてしまった千隼と夏樹が泣きじゃくる瑠鈴を宥めている。


「おやまぁ、これはまた見事な地図を描いたね」


 後から追ってきた羽鳥がその惨事を見て目を細め、泣き止まない瑠鈴を躊躇うことなく抱き上げた。


「あなたも濡れてしまいますよ」

「構わないよ。こんな事はもう慣れっこだ。よしよし、瑠鈴ちゃん。ママか雅さんの所へ行こうか。千隼くんも夏樹くんも偉かったね。屋敷に戻って着替えたら皆でおやつを食べよう」


 その言葉に今まで泣いていた瑠鈴は泣き止み、今にも泣きそうだった千隼と夏樹が笑顔を浮かべる。千尋は簡単に子どもたちの機嫌を取る羽鳥に感心しながら、今しがた瑠鈴が汚した場所に力を使って水で洗い流す。


 そんな千尋を見て羽鳥がギョッとしたような顔をした。


「君が自ら処理をするんだ?」

「え?」

「いや、力をそんな事に使うのかって思って」

「本来はこんな事に使う為に私の力はあるのですよ」


 地上では一度力を使うと回復するまでに時間がかかったが、都では同じように力を使っても回復は段違いに早い。


 何よりも鈴の労いの言葉やお礼を聞くだけで一瞬で回復してしまうので、いくら力を使おうとも問題はないのだ。


「それに早く流してしまわないとシミになってしまうではないですか。シミ抜きをする為に鈴さんの手がアカギレを起こしたらどうするのです」

「ああ、やっぱり鈴さんの為なんだね」


 おかしそうに肩を揺らした羽鳥から瑠鈴を受け取ると、皆で屋敷に戻った。


 鈴は既に夕食の支度を始めていたけれど、瑠鈴が粗相をしてしまい千尋と子どもたちと羽鳥が汚れてしまった事を知って青ざめると、お詫びにと言って羽鳥を夕食に招待している。


「ありがとう、嬉しいよ。ところでお風呂を借りても構わない?」

「もちろんです! 羽鳥さま、ありがとうございました」

「構わないよ。ほら千隼くんも夏樹くんもおいで。一緒に入ろう」


 深々と頭を下げる鈴を見て羽鳥は微笑むと、そのまま子どもたちを連れて廊下の奥に消えていった。


 千尋は鈴と子供部屋に移動して瑠鈴を任せ、汚れてしまった羽織りを脱いだ。


「鈴さん、布団はすぐに水で流しましたが、もしかしたら少しシミになっているかもしれません」

「もしかして、また力を使われたのですか?」

「ええ。私の力は本来こういう事に使うべきだと思いませんか?」

「子どもたちのおねしょを洗い流す為に?」


 千尋の言葉に鈴がおかしそうに微笑む。その顔を見て千尋は自分の力がいとも容易く回復していくのを感じていた。


「一番正しい使い方でしょう?」

「はい! とても素敵な使い方だと思います!」


 そう言って鈴は周りに誰も居ない事を確認して千尋に抱きついてくる。そんな鈴を抱きとめると、鈴は千尋の胸に頬を擦り寄せてきた。


「楽や栄と共に力を使えばお湯にする事も可能なんですけどね」

「龍の力というのは凄いのですね! でも疲れたりしていませんか?」


 心配そうにこちらを見上げてそんな事を言う鈴に千尋は笑顔で頷いた。もうすっかり力は完全回復している。


「一緒に布団を干しに行きましょうか」

「はい!」


 嬉しそうに笑う鈴に手を引かれ、千尋はこの幸せを噛み締めていた。


 夕飯が終わり子どもを寝かしつけてお茶とお菓子を持って客間に戻ると、そこでは神妙な顔をして羽鳥と千尋、楽と栄が話し込んでいた。


「——報告は以上だよ」


 鈴が客間に入った時には既に話は佳境だったようで、羽鳥がそんな風に話終えた所だった。それを聞いて楽は青ざめ栄は苦い顔をしているのに、千尋と羽鳥は涼しい顔だ。


「お茶をお持ちしました」

「鈴さん、ありがとうございます。皆、寝ましたか?」

「はい! 結局三人とも同じベッドで寝てしまいました」


 夏樹はここへ来てから毎日夜中に起きては楽と菫の部屋から抜け出して千隼と瑠鈴のベッドに潜り込んでいる。それを聞いて楽は呆れ顔だ。


「またか。あいつは?」

「菫ちゃんは明日の朝も早いそうで「久しぶりに大の字で寝てやるわ!」って笑ってました」


 忙しそうな菫は今がとても楽しいようで、毎日キラキラしている。最近では桃紀だけではなく、他の高官達からも呼び出されて仕事の相談に乗っているらしい。

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