「菫さんが高官になる日もそう遠くないかもしれないね」
「この間など流星が菫さんに相談に行っていましたからね。息吹と相性が良すぎて二人に叱られているようですが」
「流石菫ちゃんです!」
「全くだよ。まぁこうなる事は分かってたんだ。でもいい加減地上にも顔出すぞって言ってんのに、あいつ全然休まないんだよ」
それを聞いて鈴は思わず笑ってしまった。菫が都にやってきてすぐの頃は毎日のように地上に鏡で連絡をし、それこそ月に一度は地上に下りていたというのに、最近では鈴達よりも地上に戻らない。
だからかどうか分からないが、最近では勇から菫に戻るよう伝えてくれと鈴に連絡がある程なのだ。
「菫さんはしっかりしてるからな。途中で休むのが嫌なんだろうが、楽、無理にでも休ませた方が良いぞ」
「分かってる。ったく、しょうがねぇな」
そう言いつつ楽はいつも嬉しそうで鈴はいつもそんな二人を見ているとほっこりしてしまう。
菫を褒められるとどんな事でも嬉しい鈴だが、そんな鈴を見て千尋が苦笑いを浮かべた。
「それに比例して最近は鈴さんの元へも高官達が時々やってくるのですよ」
「そうなの? どうして」
「菫さんの扱い方を指南して欲しいだとか、菫さんに叱られてしまったとか」
「それはあれだね。アメとムチという奴なのかな」
おかしそうに肩を揺らす羽鳥に千尋が困ったように頷くので、鈴はにこやかに言う。
「皆さん菫ちゃんを誤解しているのです。私が言えた義理ではないのですが、菫ちゃんは言葉はキツくても何とも思って居ない方にアドバイスをしたりなんてしませんし、叱ったりもしません。それをお伝えすると皆さんは笑顔で帰っていかれます」
「いいように操られてんなぁ~女神たちに」
鈴の言葉を聞いてからかうような栄を、何故か千尋が睨みつけた。
「栄、鈴さんは私の女神ですよ。なるほど、分かりました。そういう理由で鈴さんの元へやってきた高官の相手はこれから私が致しましょう」
「いや、君がやると高官達は再起不能になるから勘弁してあげて。皆、鈴さんに癒やしを、菫さんに喝を入れて貰ってるだけだから」
「言ってくだされば私が喝を入れて差し上げるのに。そもそも人の妻に癒やしを求めるなんて言語道断です」
真顔でそんな事を言う千尋の手を鈴はそっと撫でた。
「ですが千尋さま、私はその時に皆さんから菫ちゃんの話やお仕事中の千尋さまのお話しを聞いて胸をトキメカせているのです。だから皆さんのお話を聞くのがとても楽しいのです」
「そうなのですか?」
「はい! お仕事の時の厳しい千尋さまのお話しをしに来る方も多いのですが、そんな時は千尋さまの意図が上手く伝わっていない事が多いので、僭越ながら私が千尋さまの言葉を私なりに解釈してお伝えすると、皆様すごく感動されるのです。その時に私は千尋さまの妻であるという事に少しだけ自信が持て、なおかつ千尋さまが高官の方たちの事をとても考えていらっしゃるのだと言う事を知り、誇らしくなるのです」
顔を輝かせて帰って行く高官達の姿を思い出して鈴が微笑むと、それを聞いて千尋が途端に笑み崩れ、後の人たちは何故か全員顔を引きつらせている。
「鈴さん! そうでしたか。では皆の話を聞いて私を軽蔑したりなんて事は——」
「あるはずがありません! 私は千尋さまの厳しさは愛ゆえだと思っています! 嫌いな種族を守り通してくれたような方です。意味なく誰かを突き放したりしない素晴らしい旦那さまです」
意気込んで言うと、とうとう鈴の体が浮いた。そして次の瞬間には千尋の膝の上に抱きかかえられている。
「ああ、なんて素晴らしい妻なのでしょう。鈴さんに癒やしを求めてくる高官達には辟易しますが、こんな事を言われると止める訳にもいきません。あなたは罪な人ですね、鈴さん」
言いながら千尋はグリグリと鈴の頭を撫でてくる。
そんな千尋を他の皆は鬼でも見るかのような目をして眺めながらヒソヒソと言い合っている。
「千尋もだいぶ鈴さんに操作されてるし、鈴さんは千尋を過大評価しすぎじゃないの?」
「俺も最近分かったが千尋は相当な鈴至上主義だからな。大抵の事は鈴に解釈させるか鈴に伝えてもらえばすんなり通る」
「あいつは地上に居た頃からずっとあんなだよ。千尋さまは絶対にそんな事思ってないだろって事も、何でも良いように解釈して千尋さまを褒めるんだ……」
「菫さんとは違う意味で怖い嫁だね」
「全くだ」
「全くです」