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第506話

「あなた達、全部聞こえているのですよ。鈴さんだけはいつだって私の味方なのです。たとえ私の意図とは違っていても、鈴さんの解釈を聞くとそうかもしれないと思わせてくれる不思議な人なのですよ。こんな人は本当に、滅多に居ません。どんな宝石よりも尊い私の宝物なのです」

「それは私もです! 千尋さまにどれほど似た宝石があったとしても、やはり千尋さまには敵わないのです!」


 宝石にたとえてくれた事が何だか嬉しくて思わず鈴が早口で言うと、千尋がそれはもう嬉しそうに微笑んでくれた。鈴は千尋のこの甘くて痺れるような笑顔が大好きだ。


「……そして周りを無視してこうやって戯けだすまでがセットなんで、気を付けて皆……」


 何故か楽が諦めたようにポツリと呟いたが、鈴にはもう何も聞こえてはいなかった。


 それから鈴はお茶とお菓子を置いて客間を出ると、その足で自室に戻った。きっと今日はもう朝まで話し合いになるのだろう。


「おや、あいつらはまだ会議かい?」

「はい! だから久しぶりにこちらで寝ようかと思って」


 普段は千尋と使う部屋へ戻る鈴だが、千尋が会議や仕事で忙しい時は鈴は邪魔にならないようこの部屋へ戻るようにしている。


 この部屋には今でも色んな思い出が沢山詰まっていて、あまり使わなくなってしまったけれど、たまにはこの部屋に戻ってくる鈴だ。


 そういう時は大抵雅が既にここに居るのだが、雅もまた鈴と同じように思ってこの部屋を使ってくれているのだと思うと嬉しい。


「今日は一緒に寝ても良いですか?」

「もちろん。でも頼むから夜中にあたしを抱いて手洗いに行くのは止めてくれ」


 おかしそうに笑う雅に鈴も苦笑いを浮かべてコクリと頷く。


 いつの頃からか深夜にお手洗いに行きたくなった時は眠っている雅を抱いて行くのが癖になってしまっている鈴だ。


 雅もこんな事を口では言うものの、本気で嫌がる素振りは決して見せないし、何ならお手洗いに行くのに抱き上げても雅は決して起きない。だから最近ではお手洗いの前に雅用のベッドが置いてある神森家だ。


「すみません。でも怖くて!」

「あんたがするから、最近千隼と夏樹が真似するんだよ。こりゃ瑠鈴にも間違いなくされるんだろうね」


 歯を見せて満更でも無い様子で笑う雅を見て鈴も笑って布団に入ると、雅の小さな肉球を揉みながら目を閉じたのだった。


 夕食後、千尋は楽と栄を呼び出して羽鳥を交えて昼間に話していた事を告げた。


「お、俺も行きます!」


 来週のどこかで羽鳥の文通相手と会うことを話すと楽はテーブルを叩いて立ち上がる。千尋はそんな楽を制して静かに首を振った。


「いいえ、楽はこの屋敷で鈴さんと菫さんを守っていてください。そして栄、あなたは私と一緒に来てください」

「おお、分かった。そういう訳だ、楽。神森家はお前に任せたぞ」

「なんで! 何で俺は留守番なんですか!?」

「留守番ではありません。むしろあなたに私の宝を預けると言っているのです。そして栄を連れて行くのは、万が一あちらの話を聞いて暴走した私を止めてもらう為ですよ」


 羽鳥との文通相手がどんな人物で、どんな意図を持って羽鳥からの要求を飲んだのかが分からない今、迂闊な事は出来ないという事は重々承知しているのに、もしも万が一にでも鈴の話を持ち出されたら千尋は相手に何をするか分からない。


 千尋の言葉を聞いて楽と栄が引きつった。


「千尋よぉ、流石にそこは自分でどうにかしてくんねぇか」

「無理です。自分の事は自分が一番良く理解しています。私は鈴さんに何かあれば、必ず何かしらの行動を起こします」


 はっきりと言い切ると、三人は無言で顔を見合わせて頷く。きっと納得しているのだろう。


「これがあの冷静沈着な水龍だもんね。もうびっくりだよ。恋は本当に人を変えてしまうんだって」

「……全くです」

「まぁ俺としちゃこちらの千尋の方が面白いが、あちらにとっちゃこんな千尋は見たくも無いんだろうな」


 栄の言葉に千尋は大きなため息を落とした。


「それも迷惑な話ですけどね。勝手に想像して理想を押し付けて来られても困ります」

「それはそうだね。僕だっていつまでも軽い人だって思われてるのは心外だよ」

「それはあなたがそういう役どころを勝手に演じているからじゃないですか。私は別に演じていた訳ではありません。ただ、興味が無かっただけ」


 あの頃の千尋はそういう意味では彼女たちの理想だったのだろう。誰かと番関係になったとしても、決して心を明け渡したりはしなかっただろうから。

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