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第515話

 やはり鈴を木葉に会わせて正解だった。人の気持ちはやはり人が一番良く理解している。千尋や羽鳥が木葉をいくら宥めても説得しても、きっと木葉は何も告げずにここを去り、どこかで一人その時を待っていたのだろう。


 ところが上手く話し始めてくれたと思ったのも束の間、今度は原初の水の管理者が流星ではないなどと言い出したではないか。


「なるほど。前王は流星に水の本当の在処や契約を渡さなかったのですね?」

「はい」


 木葉ははっきりと頷いた。それはつまり王でなくても誰でも契約者になれると言う事だ。


「もしかして今の水の契約者は初ですか?」

「!」


 千尋の言葉に鈴と羽鳥が目を丸くしてこちらを見つめてきたけれど、どう考えてもそれしか考えられない。


 千尋の言葉に木葉でさえ少しだけ驚いたような顔をしている。


「そう、です……よくお分かりになりましたね」

「ええ、まぁ。初が目覚めるには少々早すぎる。となれば何らかの力を使ったとしか考えられません。そして離宮で起きた異臭騒ぎ。それらを繋ぐと必然的に初は原初の水を飲まされたのかな、と。そしてそれこそが恐らく契約移行の手段なのですよね?」

「はい。あの水を体内に取り入れ簡単な儀式を行う事で嘆きの龍との契約が成立すると聞いています」


 嘆きの龍。その言葉に千尋は深い溜息を落とした。鈴ではないが、死んでもこんな仕打ちを受ける伝説の龍とは、一体どんな龍だったのだろうか。


 ここでふとある疑問が過った。流星は王になってすぐに原初の水を使って鏡や皿の制御を書き換えたはずだ。もしも流星が契約者ではないのだとすれば、どうしてそんな事が出来たというのか。


 その疑問を木葉に投げかけると、木葉は静かに口を開いた。


「あなた達はあの虹色の水が嘆きの水だと思っているようですが、あれは原液ではありません」

「どういう事?」


 羽鳥の声音に木葉は少しだけホッとしたような顔をする。そんな木葉を見て千尋は思った。どうやら木葉にすら自分は恐れられているようだ。


 千尋は息を吐きながらソファにもたれると、いつの間にか隣に座っていた鈴がそんな千尋を慰めるかのように体を寄せてきた。


 無言の鈴の慰めはいつだって千尋の体も心も回復させてくれる。


「原液の色は黒色です。たった一滴で何百もの者達を死に至らしめます。その代わり、死した者には生を与えるのです。ただ、それは遺体があった場合のみ。つまり死んだら大気に還る龍には死しか与えられないのです。虹色の水は原液をかなり薄めた物に過ぎません。だから虹色の水は許可が無くても誰にでも扱うことが出来るけれど、大きな生き物を生き返らせる事は出来ません」

「だから嘆きの水なのですか。原初の龍は自分の血にそういう呪をかけたのですね」

「そんな……どうしてそんな事になってしまったのでしょう……」


 視線を伏せた鈴の目には涙が浮かんでいる。それに気づいたのか、木葉が呟いた。


「あなたは龍が本当に好きなのね」

「はい。私の見てきた龍達は皆、地上を必死になって守ってくれようとした方達でしたから……だから未だに信じられないのです。龍がそんな事をしていただなんて、未だに信じられないのです……」


 鈴はそれだけ言って俯いてしまった。そんな鈴に木葉が微笑む。


「龍も人も同じ。色んな者がいる。あなたは良い龍に恵まれた。私は悪い龍に出会ってしまった。ただそれだけの話。でも私は龍を恨んでなんていないわ。むしろここへ私をやったのは人なんだから。でもそのおかげであの人に会えた。皮肉だけれど」

「木葉さま……」


 しんみりとする二人を見ながら千尋は考えていた。


 今の水の契約者が初だとして、では流星が知っているのは一体何なのだろうか。


 千尋は席を立って扉の外に控えていた雅に合図を送ると、ドアの隙間から雅が部屋の中に入り込んできた。


 それを確認した千尋は羽鳥を呼ぶ。


「羽鳥、ちょっと良いですか?」

「うん?」


 部屋の外を指差すと羽鳥は怪訝な顔をしつつも頷いてついてくる。


 客間から離れて書斎に移動した千尋は、羽鳥にハーブティーを入れてやると座るよう促した。


「どうしたの」

「前王はこうなる事を見越して流星に薄めた水の在処を教えたと言う事だと思いますか?」

「多分ね。本当の所は流星に聞かないと分からないけど、それを見て流星が納得するぐらいには薄められた水があるって事なんだろうね」


 羽鳥の言葉に千尋は頷く。


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