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第516話

「そうですよね。という事はやはり黒幕は前王で間違い無さそうです」

「前王が?」

「そうです。先々代が死の間際に身内に水の事を伝えたのは、身内にしてほしい事があったからでしょう」

「でもそれを聞いた身内も使用人も皆、死んでるんだよ?」

「そうですね。ですが呪を受けたのは当時の王だけです。身内や使用人は誰かに殺されたのだと思いますよ」


 千尋の意図を察したのか、羽鳥がハッとして顔を上げた。


「そうか、他の人達は大気に還ったって言ってたね」

「ええ。木葉さんの話が正しいのであれば、契約者ではない者が原初の水を飲んだ場合、龍は死に大気に戻る。それは最近市井で突然死した龍を見ても分かります。そして契約者が約束を破った場合は腐り落ちる。それはある種の慈悲でもあるのだと思います」

「死体があれば生き返らせる事が出来る……か」

「はい。けれど先々代は生き返る事が叶わなかった。何故ならその話を聞いた者達を全て誰かが処分したから。では誰にそんな事が出来たのか。それは契約を引き継いだ者。前王ただ一人です。そう考えると全てに合点がいきますよね?」


 そう言って千尋はハーブティーを飲んで長い息を吐き出す。


「前王を見誤っていましたね。全然凡庸な王ではなかったようですよ?」


 千尋の言葉に羽鳥は苦笑いを浮かべた。


「本当だね。なかなか野心に溢れた人だったみたいだ。流石水龍だ。結局木葉さん達で何を実験していたんだと思う?」

「量ではないでしょうか。どれぐらいの量を飲めばどれぐらいの期間生きるのか。それを試していたのだと思いますよ」

「人間で?」

「ええ。いずれ地上に撒こうとでも思っているのでは? 井戸水に混ぜたりして。それに龍でも試していましたよ。最近の市井と離宮の死者は恐らく実験です。あの井戸水に混ぜられた原初の水も」

「なるほど。人間が飲むと龍化していずれ死に至り、契約をしていない龍が飲めば即死ぬ水、か」


 羽鳥はソファに体を預けてじっと天井を見つめている。


「きっと引き継ぐ時には流星も知らない儀式のような物があるのでしょう。でなければ初も死んでしまうはずですから」

「そうなんだろうね。流星、落ち込むかな」


 苦笑いを浮かべる羽鳥に千尋は首を振った。


「むしろ安堵するのでは? あの時の怯え方を見たでしょう?」

「はは! 確かに」

「これはしばらく流星には黙っておきましょう。流星が本当に引き継いでいないという確証はまだありませんから」

「そうだね。あの子が嘘をついているとは思えないけれど、前王の狡猾さを考えると迂闊に動かない方が良いかもしれない」


 千尋は羽鳥と顔を見合わせて頷くと客間へ戻った。


 するとそこでは雅を含めた女子三人が、先程までの緊張した様子もなく談笑している。見る限り木葉の心音も血の流れも落ち着いていた。


「ああ、戻ったんだね。全く、客ほったらかしてどっか行くって一体どういう了見なんだい?」

「すみません。少し羽鳥に確認したい事があったのですよ。それで、少しは緊張は解れましたか? 木葉さん」


 千尋が問いかけると、木葉は杖を握りしめてまた体を強張らせた。


「嫌われていますねぇ」


 そんな木葉の様子に苦笑いを浮かべると、木葉は慌てたように首を振る。


「申し訳ありません……どうしても水龍の事は聞いていた印象が強すぎて」

「なるほど。楽と同じですね。本当に初達は余計な事ばかり吹聴してくれたものです」


 こんなに怯えられるだなんて、一体どんな話を聞かされていたというのだ。そう言って千尋は肩を竦めたのだった。


 鈴にとっては千尋は頼りになって優しい完璧な旦那さまだが、その見解は世間では真逆なのだと知ったのは、都へ来てからだ。


 今も千尋の言葉に羽鳥と雅が千尋に白い目を向けているのだから。


「いや、木葉がどんな話を扁平足達から聞いてたかは知らないけど、多分合ってると思うよ、あたしは」

「僕もそう思う。君は自分で思ってるよりもずっと他人に厳しいよ」

「そうですか? 至って普通だと思うのですが」


 千尋の言葉に羽鳥はわざとらしく大きなため息を落とす。


「今だから言うんだけどね、当時は次の王になるのが君だったらどうしようかって高官達は皆怯えてたんだ。本当の所は千眼が良いけど、千尋の人気が圧倒的すぎてこのままでは確実に千尋になってしまう。でも高官達からしたら王が千尋になったら地獄だぞってね。だってこの人は本当に品行方正だからさ、もちろんそれを周りにも押し付けてくるでしょ? そしてこいつは駄目だと思ったらすっぱり切ってしまうような人だ。だから今から清廉潔白な人格者を集めないといけないんじゃないかってよく話してたんだよ」


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