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第523話

「その血判のせいかどうかは分からないわ。でも明らかに変なのよ。返信を送った後、確かにその人達の夢は叶った。でもまるで何かに体を乗っ取られたみたいに別人になってしまってるの」

「……どういう事?」

「夢を誰かに叶えてほしいだなんてそもそも甘っちょろい事を考えてる連中だから本当の所は分からないんだけど、何ていうか凄く横暴っていうか、乱暴になっていくのよ。で、その人たちの身内が皆、口を揃えて言うの。不思議な手紙が届いて返事をしてから変なんだって。最近あちこちで多発してる事件もほとんどあの人達のせいよ」

「王が流星さまになってから治安が凄く良くなってたのに、あの手紙騒動から急にまた治安が悪くなりだした。これは絶対に何か関わりがあると思うの」

「それは……」


 あの手紙のその後は多分千尋達も知らないはずだ。まさかこんな所から情報が入るだなんて思ってもいなかった鈴は思わず息を呑む。


 そんな鈴に二人は小さなため息を落とした。


「やっぱり何かあるのね?」

「うん……でも私もそこまで詳しくは聞いてないんだ……」


 千尋は以前に比べれば鈴に何でも話してくれるようにはなったが、全部話してくれる訳ではない。それは鈴もだ。だから仕方ないと思っている。


 そんな鈴に二人は頷いた。


「それはそうよ。だって千尋さまは鈴を守りたくて仕方ないでしょうから。実は私達もこの話をすべきかどうか迷ってたのよ。でも初さまが目覚めるって噂が出始めたでしょう? あれから少し気になってしまって。こんな事を言っては何だけれど、初さまの千尋さまへの執着は少し異常だったもの」

「絹、その話は——」

「言うべきよ。鈴にはその権利があるわ。初さまは千尋さまの事を鈴みたいには愛してないの。ただ千尋さまの容姿、力、それが好きなの。だからいつも千尋さまを見せびらかすみたいにしていたわ。それが彼女の優越感を得る方法だったの。でも千尋さまはあの通りでしょう? 初さまにも渋々付き合っているという感じで、私達からしたら千尋さまに同情する人も多かったの」

「初さまは人気者ではなかったのですか?」

「まさか! 高官達や貴族の間では人気だったのかもしれないけど、市井の評判は最低だったわよ!」

「そ、そうだったんですか」


 それを聞いて鈴は驚いた。てっきり初は市井でも人気なのだろうと思っていたからだ。


「市井で人気だったのは羽鳥さまや桃紀さまだったわ。息吹さまとか王とかね。この人たちはいつも市井の事を考えてくれていたから。そして彼らの法案を通していた千尋さまの人気は絶大だったの」


 それを聞いて鈴は誇らしくなる。千尋はやはり都に居た時から千尋だったのだ。


「初さまの側にはいつも五月さんと琴音さんという方達が居てね、二人はよくうちの店に来ていたのよ」

「お得意様だったのですか?」

「とんでもない。私達の着物の図案を見て、お抱えの針子に縫わせてたの」

「それは盗作では……」

「そうよ。でも生地が気に入らないと言って図案だけを盗むの。実際に盗むのは五月さんだったけれど指示したのは琴音さん。琴音さんはいつもそうなの。他人から何かを盗むのが得意なのよ」

「琴音さんは初さまから千尋さまを盗む気だったんだと思うわ。私、琴音さんが千尋さまが追放処分を受けてからそれはもう毎日のように千尋さま宛に手紙を書いていたのを知っているもの」


 フンと鼻を鳴らした絹に鈴はゴクリと息を呑んだ。どうやら五月も琴音も千尋が目当てで初の側にいたらしい。


 それからも二人は鈴に昔の千尋の事を語って聞かせてくれた。それは栄や楽から聞くものとも違う、市井の人たちから見たとても素直な千尋の話だった。


 千尋と梨苑が琢磨の所へたどり着いたのは、ちょうどお昼を少し回った頃だった。


「琢磨、ご無沙汰しています。千尋です」


 琢磨の屋敷について千尋が戸口から声をかけると、声をかけて数秒もしないうちに玄関の引き戸がガラリと開き、中から厳粛な雰囲気を纏った熟年男性が姿を現した。


「千尋か。待っていたぞ」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。紹介します。こちらは私の部下、梨苑です」


 そう言って千尋が体をズラすと、梨苑が琢磨を見てペコリと頭を下げる。


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