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第528話

 千尋が2つに割れた鈴を見て息を呑みすぐさま龍に戻ろうとしたその時、腰から下げていた鏡が光った。


 こんな時に誰だ! そう思いながらも鈴からかもしれないと思ってすぐさま鏡を開くと、相手は羽鳥だ。


『千尋! すぐに屋敷に戻って!』

「今戻っている最中ですよ。何かありましたか?」


 嫌な予感に千尋が早口で尋ねると、羽鳥もまた早口でまくし立ててくる。


『ついさっきまで鈴さんと鏡で話していたんだ! ところが突然鈴さんが鏡から離れたと思ったら轟音が聞こえてきて鏡が割れた。早く戻って! 僕もすぐに向かう!』


 それだけ言って羽鳥からの通信は切れた。千尋は鏡を乱暴に閉じると龍に戻り全速力で屋敷へと急いだ。


 琢磨の屋敷は実に辺鄙な所に建っていて、どれだけ急いでも数時間はかかる。龍にとっての数時間など瞬きするようなものだが、今はその数時間すら惜しい。


 今までの長い人生の中でこんなスピードを出した事があっただろうか? そう思うほど千尋は物凄い勢いで空を裂き、雲を蹴散らした。


 やがて前方に都を象徴するあの塔が見えてきたが、その塔から沢山の龍が一方向に向かって飛び出していく。それは間違いなく神森家の方だ。


 それを見て千尋は悟った。やはり何かあったのだと。


 千尋はさらにスピードを上げて屋敷へと急いだ。そして今朝まで屋敷があった場所を見て呆然とする。


「……鈴……さん?」


 屋敷があった場所には何も無い。あれほど愛した千尋と鈴の屋敷が、跡形もなくその場から消え去っていたのだ——。


 千尋はその光景が信じられなくて緩慢な動きで地上に下りると、いつもは冷静な雅が取り乱した様子で叫びながら瓦礫を掘り返している。


 雅だけじゃない。喜兵衛も弥七もだ。


 千尋はその場で立ち尽くしていた。すぐに動くことが出来なかった。


 あの三人の様子からして、誰も瑠鈴を抱いて居ない状態を見て、すぐに鈴と瑠鈴があの瓦礫の下に居る事が分かってしまったから。


 その時だ。後ろから悲痛な千隼の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。幼稚園から戻ったのだろう。振り返ると栄から飛び降りようとしてもがく千隼が見える。


「ママ……ママ! 瑠鈴!」


 その声にハッとしてようやく足が動く。


 雅の隣にしゃがみ、一緒になって無言で瓦礫を掘り返しだした。そこへ次から次へと息吹と流星の部隊がやってきた。


 千尋達の様子を見ていて察したのか、気がつけば近所の人たちまで集まってきて皆が瓦礫を退ける作業を手伝ってくれている。


「パパ! ママは!? ママと瑠鈴はどこ!?」


 この状況が幼いながらにおかしいと気付いたのだろう。千隼が千尋の腰にしがみついて半狂乱で泣きわめいた。


 そんな千隼に千尋は静かな声で言う。


「千隼、離れなさい。鈴さんも瑠鈴も無事です。あの人が私とあなたを置いて逝く訳がありません」


 千尋の掠れた声を聞いて千隼がすごすごと後ずさる。きっと今の千尋はとてつもなく怒っているのだろう。自分でも制御できない怒りに狂いそうだ。


 それでもかろうじて千隼に怒鳴らずにすんだ。鈴はそれを知ったら褒めてくれるだろうか。いつものように甘い笑みを浮かべて恥ずかしそうに頭を撫でてくれるだろうか。


 その言葉は千隼だけではなく、皆の心に響いたらしい。


 やがて瓦礫が一つ、また一つと退けられていく。


「ここだ! この辺りだったはずだ!」


 直前まで鈴と一緒に居たのか、雅が確信を持った様子で叫んだ。それを聞いて千尋はすぐさまその場を掘り出した。爪が剥がれても指が切れても、ただ瓦礫を掘り続ける。


 その時だ。瓦礫の下から微かな泣き声が聞こえてきた。瑠鈴だ。


「瑠鈴!」


 千尋は叫んで声がした場所を掘り進めた。すると窓とベッドのわずかな隙間に、不自然な空間が出来ている事に気づく。


 ハッとしてさらに掘り進めると、そこには水色の薄い膜が張っていた。それは紛れもなく千尋の加護だ。


「鈴さん!」


 叫ぶように千尋が声をかけてその隙間に手を差し入れると、指先が何かに当たる。この感触は鈴の髪だ。それに気づいた千尋は鈴と瑠鈴に覆いかぶさっていた一際大きな瓦礫を龍に戻って尻尾で蹴散らす。


 鈴達がどこに居るか分からなかったので手間取ったが、居場所が分かればこちらのものだ。その後も呆気に取られる皆をよそにどんどん瓦礫を蹴散らした。


 やがて瓦礫の中から水色の今にも破れてしまいそうな膜に守られた鈴と、鈴に宝物でも守るかのように抱えられた小さな赤ん坊が姿を現す。


 その姿を見た途端、千尋は人に戻って鈴と瑠鈴に手を伸ばした。感動からだろうか。指先が震える。


「鈴さん、瑠鈴……」


 鈴は瑠鈴に覆いかぶさるように瑠鈴を抱きかかえ、その小さな身体をさらに小さく折り曲げていた。


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