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第529話

 鈴の白くて美しい肌もキャラメルのような甘い色の髪も今は砂埃にまみれているが、それでも水色の膜に守られた鈴はハッとするほど美しくて、こんな時だと言うのに思わず千尋はそんな鈴に見惚れてしまう。


「あー!」


 千尋が我に返ったのは泣き跡をつけた瑠鈴が千尋の姿を見て小さな手を伸ばしてきた時だ。千尋はすぐさま二人を抱え上げて瓦礫から運び出す。


「千尋!」

「雅、瑠鈴をお願いします。鈴さんの状態が良くない」

「分かった」


 雅はすぐさま瑠鈴を千尋の腕から取り上げると、いつの間に用意されていたのか、毛布と布団で作られたベッドに運ばれていった。


 その周りでは息吹と流星が指揮を取り何かを指示している。それを聞いて2つの部隊の龍たちが大空に舞い上がっていく。きっとこれから犯人探しが始まるのだろう。


 一方、駆けつけた羽鳥は栄と何か話し込んでいる。こちらも何があったのかを聞いているに違いない。


「千尋さま! 医者連れてきました!」


 そんな中、ようやく楽が戻ってきた。その隣には今や鈴のかかりつけと言っても過言ではない、都唯一の医者が青ざめた様子で楽と共にやってくる。


 振り返ると菫が千隼と夏樹を宥めていて、喜兵衛と弥七もこちらを気にしつつ、それに参加している。


 千尋はその様子を見て抱きしめる鈴の耳元で囁いた。


「鈴さん、私達の家族はとても頼もしいですよ。見ていますか?」


 意識の無い鈴はそんな言葉にも答えてはくれない。


 どうして鈴ばかりがこんな目に遭うのだ。どうして誰も千尋達をそっとしておいてくれないのだ。


 そんな考えが脳裏を過るが、まるでただ眠っているだけのような鈴を見るとすぐさまそんな考えは消し飛んだ。


 今は何よりも鈴を助けなければならない。でなければまた千尋は生きる目的を失ってしまう。


 千尋の世界は鈴が居て初めて輝くのだという事を知ってしまったから。


 雅は千尋から瑠鈴を受け取り、ぐるぐる回してどこにも大きな怪我をしていない事を確認すると、駆けつけてきた医者と楽に瑠鈴を任せ、すぐさま千尋の元へと向かった。


「不甲斐ない。また鈴を守れなかった……」


 猫に戻って千尋が鈴を抱えて力を流すのを、かろうじて残った石段に座りながらじっと見つめながら呟く。


 悔しい。悔しい。悔しくて堪らない。これでは長く生きてきただけのそこらへんの猫と変わらないではないか。


 雅は顔を洗う振りをしてしきりに涙を擦る。そんな雅に気づいたのか、ふと千尋が顔を挙げてこちらを見た。


「雅」

「……にゃぁ」


 わざと猫の言葉を話した雅を見て千尋は目を細め自分の隣を叩く。


「お玉、側に居てください」

「……ああ」


 お玉と呼ばれて雅は重い体を引きずって昔のように千尋の隣に腰を下ろす。千尋はそんな雅の頭を軽く撫でると、鈴の頬やおでこについた砂埃を払い除けた。


「あなたは直前まで一緒に居たのですか?」


 てっきり何をしていたんだと怒鳴られるかと思っていたのだが、千尋の声音は想像していたよりもずっと優しい。こんな声で雅に千尋が話しかけるようになったのは鈴に出会ってからだ。


「いや……あたしは洗濯物してたんだ。そうしたら水桶が突然落ちてね。何かおかしいと思ってたら地面が揺れだして、地震かと思ってすぐに瑠鈴の所に行ったんだ。鈴が羽鳥に急ぎの連絡を入れるって言ってたからさ」

「羽鳥に?」

「ああ。絹と吉乃から何か聞いたみたいだった。あんたに言えば良いじゃないかって言ったら、あんたが会いに行った奴は人間嫌いだから嫌な気持ちになるかもしれないって」

「……鈴さん」


 千尋がこれを聞いて何を思ったかは分からないが、切なそうな顔をして千尋は鈴の頬を撫でている。


「あたしが子ども部屋に行ったらそこには既に鈴が瑠鈴を抱えててさ。あたしは急いで部屋の中に飛び込んだんだ。そうしたら家が崩れてきて、それに気づいた鈴はあたしだけ窓の外に放り投げたんだよ……あたしだけ……放り投げたんだ……」


 鈴は瑠鈴を雅に渡そうとしていた。


 けれど家が崩れると悟った瞬間、鈴は雅だけを窓の外に放りだしたのだ。


 為すすべも無く目の前で崩れていく屋敷を見上げていると、見知らぬ龍が飛んできて鈴達が居た部屋の上の瓦礫に必死になって体当たりして少しでも子供部屋を瓦礫から守ろうとしているのが見えたのだ。


 それを思い出した雅は堪らなくなって小さく体を縮こまらせた。


 そんな雅の背中を慰めるように千尋が撫でてくる。その手はとても優しい。


「あなただけなら助けられると思ったのでしょう。実際、あなたが外に放り出された事で直前まで鈴さん達が居た場所が分かったのです。鈴さんの判断は英断でした」

「……でも……悔しいんだ。どうしようもなく悔しいんだよ! 毒を盛られた時だって火事の時だって地上で襲われた時だって、あたしはいつも鈴に守られてばっかりだった! これじゃあいざと言う時に何の役にも立たないただの猫と同じじゃないか!」


 思わず声を荒らげた雅を見て千尋が小さく笑い声を漏らす。どうして笑うのだと思って千尋を見上げると、千尋は泣き出しそうな顔をしていた。


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