「馬鹿ですね。あなたはあなたにしか出来ない形でずっと私と鈴さんを守ってくれているじゃないですか。それは他の誰にも出来ない、あなただからこそ出来る事なんですよ。それに鈴さんがあなたの事をどれほど慕っているか、あなたが一番良く知っているでしょう?」
「……」
それは千尋の言う通りだ。鈴は雅の事を本当に慕ってくれている。少しの疑いもなく。そんな鈴だから雅もこんな風に思うのだろう。
雅は小さく息をつくと鈴の顔を覗き込んでおでこを肉球でペタリと押さえた。
「あたしにもあんたみたいに鈴を守るような加護があれば良いのに」
ぽつりと言った雅に千尋がようやく笑った。ようやく鈴の容態が安定したようだ。
「ただでさえあなたは黒い悪魔と呼ばれているのに、そんな人の加護を鈴さんに付けるつもりですか?」
「良いじゃないか。そんな加護があればもう誰も鈴に手を出そうだなんて考えないだろ」
「それはそうですね。ではもっと長生きをしてそういう技を身に着けたら、一番にその加護を鈴さんに渡してやってください」
千尋はそう言って雅の頭をもう一度撫でると鈴を強く抱きしめてその耳元で囁く。
『愛しています、鈴さん。どうか早く目覚めて』
切実な千尋の声を、雅は聞こえなかった振りをしておいてやった。
♧
千尋が地上から運んできた自慢の洋館は、何者かの攻撃によって跡形もなく消え去ってしまった。
流星は屋敷があった場所を見つめて憤る。誰かが大切にしている物を簡単に壊してしまえるような奴にはなりたくない。これは流星の幼い頃からの格言のようなものだ。
「流星、皆行った。私も行ってくるよ」
「ああ、うん。気を付けてね、息吹」
「もちろん! それから……後で皆で千尋慰めてやろうな」
息吹はそう言って流星と同じように消えてしまった屋敷の残骸を見つめて言う。
「どうかな。今は鈴さんと二人になりたいんじゃないかな」
「そうか? そうでもないと思うぞ。千尋の事だから今はあんな穏やかな顔してるけど、多分鈴が目覚める前にある程度片付けようとすると思う。ま、様子見て集まろ。それじゃ、行ってくる」
それだけ言って息吹は大空へと舞い上がって行った。確かに以前の千尋ならそうだったかもしれないけれど、今の千尋はどうだろうか。
息吹を見送って羽鳥と合流した流星は、互いに持ち寄った情報をすり合わせた。
「それじゃあ直前に鈴さんから連絡があったと言う事?」
「そういう事。僕と話している時にこれが起こったみたいだね。鈴さんも何が起こっているのか分からなかったみたいだ。そっちは?」
「俺の所に情報を入れたのは息吹の部隊の奴だったんだよ。何でも最近の息吹部隊は交代で勝手にここら辺を見張ってたみたいでさ」
完全に公私混同だとは思うが、この辺りの家は地位が高い龍が多く住んでいる。そういう意味ではここら辺一体を警備するのは当然と言えば当然だ。
「なるほど。それでも何が起こったのか分からなかったという事?」
「そういう事。怪しい龍も居なければ、何かが落ちてきた訳でもない。本当に突然だったみたいだ」
その龍は空を泳いでいたので異変には気付かなかったようだったが、窓から雅が投げ出されたのを見て何かおかしいと気付いたという。そして次の瞬間には屋敷が音を立てて崩れ始めたので、龍は怪我を負いながらも雅が放り出された部屋の上の瓦礫を少しでも抑えようと尽力していたらしい。
羽鳥はそれを聞いて眉根を寄せて考え込んでいる。
「何にしてもこの場所にだけ何かが起こったなんて考えられないし、あの大きな屋敷を一瞬でここまで崩すなんて、それこそ不可能に近いと思うんだけど」
「それは俺もそう思うけど、実際他のどこにも影響は出ていない。どんな手を使ったにせよ、間違いなく狙いは鈴さんで犯人は初達だと思う」
王がこんな確証もない事を発言してはいけないのかもしれないが、友人たちの前でだけは以前のままの流星で居たい。それは羽鳥も分かっているようで、深く頷いただけだ。
そこへようやく千尋がやってきた。どうやら鈴の手当が無事に終わったらしい。こちらに向かって歩いてくる千尋に声をかけようとした流星は、片手を挙げかけてすぐさまそれを下ろした。
遠目からでも彼の背後にはうっすらと円環が浮かんでいたからだ。
「相当にご立腹だね」
「みたいだ。これは鈴さんが目覚めるまでは地獄決定だ」
こちらの声が聞こえたのかどうかは分からないが、千尋は普段の笑みすら消して、まるで感情を全て取り払った能面のような顔をしていた。
「どうですか、進捗は」
「何も。誰に聞いても誰も何も見ていないよ」
「流星は?」
「俺の所もそう。あの時その場に居た龍でさえ何も分からなかったらしい」
「そうですか。まぁでも構いません。誰が犯人であっても私はもう容赦はしません。構いませんね?」
千尋の言葉に流星は無言で頷いた。それは流星も思っていたからだ。決定的な証拠を掴み次第、都全土に触れを出すつもりでいる。